東都大学附属病院の内視鏡室は、全国でも屈指の設備を誇る。検査台は8台、電子スコープは50本以上。だが、その実体は地下に閉じ込められた、薄暗く湿った迷宮だった。

窓はなく、日も差さない。待合室には古びたベンチが置かれ、患者たちがじっと無言で座っている。

まるで、時間が止まったかのような空間だった。

内視鏡室の中に入ると、カーテンで仕切られた検査台がずらりと並び、その中央にはナースステーションがある。

看護師たちはいつも忙しく、少しでも段取りが崩れればすぐに不機嫌になる。

「遠藤先生、この患者さんもお願いします」

看護師長が、腹痛と黒色便を訴える高齢女性を、優の担当に割り振った。

優の手技が安定していることが表向きの理由だが、それだけではない。

検査が早く終われば、その分スタッフの休憩時間を確保できる。リーダーとしての損得勘定も、そこにはある。

「了解です」

優は、肉片を並べていた時の沈んだ顔とは違った明るさで返事をした。

毎週水曜の朝9時、東都大学病院消化器内科では教授総回診が始まる。医局に所属する医師の数は150人超。

研修医から助教、講師、准教授まで、肩書はさまざまだが、全員が一つの頂点に視線を向けている。その頂点に立つのが主任教授・東隆久(たかひさ)。

48歳で主任教授に抜擢された肝臓研究のエースだ。研究偏重型で、臨床には興味がない。

しかしある時期から胃の内視鏡的粘膜切除術(EMR)にだけはやたらと口を出す、というより症例を独占するようになった。

理由はシンプルだった。「自分が最終責任者であるから、自分がやる」

医局内ではもはや東に報告せずに胃のEMRを行うことはタブーとされていた。

「佐々木良子(よしこ)さん。83歳、女性。昨日、早期胃癌に対するEMRを行っております。治療後の経過は順調で、本日より食事開始予定です。残念ながら五分割切除となっておりますが、内視鏡的には完全に切除できていると考えられます」

優は直立不動の姿勢で東に昨日行われたEMR患者の経過表を示した。

「残念ながら、か……」

東は少し眉をひそめた。大学病院では教授に異を唱えることはタブーだ。

優の「残念ながら」は彼なりの最大限の抵抗であった。

 

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