1章 反骨

「俺が見つけた病変なのに、なんでだよ!」

遠藤優(すぐる)は、抗生剤の空きボトルをごみ箱に投げつけた。

地下1階にある内視鏡室には夕方になると血液と吐物、そして便のかすかな臭気が広がっていた。

看護師たちは忙しそうに患者の対応を、清掃員たちは床のモップ掛けやごみ箱の回収をする。

優はごみ箱から外れた抗生剤の説明書を拾い上げ、ごみ箱に捨てた。

「遠藤、丁寧にやれよ」

背後から声がかかった。振り返ると、先輩医局員の細田が、細かく分割された病変組織を差し出した。

「画像とあわせて再構築しろよ。最後の写真も忘れるなよ。朝もう一度チェックするからな」

そう言うと看護師たちと夜の飲み会の話で盛り上がり始めた。もう病変のことなど忘れているようであった。

『俺より下手くそのくせに、偉そうに』

優は大きな背中を丸め無言で作業台に向かい、ピンセットで一つずつ肉片を伸ばしていった。まるでクマが与えられた餌の小ささを嘆いているような姿であった。

ピンセットの先端で組織を触るたびに、グニュっと柔らかく沈み込む。黒く薄いゴム板の上に、五つに分裂して切り取られた検体を並べる。

スネアといわれる輪っかで病変を一括で搾り取るはずが、わずかに滑って一括では取れなかった。

5片に分かれた検体を並べ、直径2センチほどの円形の元の病変に戻す。優は、この作業がどうしようもなく嫌いだった。

元の病変に戻す。

簡単に聞こえるが、肉眼では病変と正常組織の境界が曖昧で、元の姿に近づけるのは至難の業だ。

先輩たちは「最初からこうなることを予想して治療前からイメージしておけ」と言うが、優には最初から敗戦処理を任されたピッチャーにしか見えなかった。

「先生、その台はご自身で片づけてくださいね」

清掃員の女性が通りざまにそう言った。表情は硬く、口調も淡々としている。早く終わってほしい、という空気が透けて見えた。

消化器内視鏡。俗に言う胃カメラは、直径1センチほどの黒い管を手で操って体内を覗く道具だ。

左手の親指と人差し指で先端を上下左右に動かし、右手で前後に回旋を加える。

熟練の医師が操れば、内視鏡はまるで意志を持った蛇のように体内を泳ぎまわる。