■春秋二倍(しゅんじゅうにばい)暦年法 
この法は、古い時代には、一年を作物の植え付けの春夏年と収穫の秋冬年に分けて二年と数えていたとする考えです。表1-1に載る宝算を半分にすると、多くの天皇の宝算が適正なものになってきます。現在でもこの春秋二倍暦年法は主に在野の研究者によって議論されています。

この法の弱点は、ある年が春夏の記事を載せた時、翌年もまた春夏の記事が載るといった例が続出することです。また同じ年度内に春・夏・冬の記事が同時に載る例も散見します。このことに関しては、論者は合理的な説明を欠いているようです。

■無事績年(ぶじせきねん)削除法 
各天皇紀には記事を伴わない無事績年がたくさんあります。この無事績年は書紀編纂者により紀年の恣意的延長操作として挿入されたと考えられます。よって、無事績年を削除してしまえば『書紀』の原形が復元できると考えます。これに関しては笠井(かさい)倭人(わじん)氏の優れた研究があります。 

笠井氏の無事績年削除法のよい点は、第十代崇神天皇以降第二十七代安閑天皇までの各天皇の崩年を評価できたことです。結果は応神天皇以降雄略天皇に対して、『宋書倭国伝』などが伝える倭の五王(讃・珍・済(せい)・興・武)の宋への遣使年との比較対照においてその検証が試みられています。

無事績年削除法の欠点は、無事績年が圧倒的に多い綏靖(すいぜい)天皇から開化天皇までのいわゆる欠史八代の天皇群には適用が困難であり、紀年復元は神武天皇に至りません。

歴史学者は書紀編纂者による恣意的な紀年延長が確実だとして紀年復元を目指したわけでしたが、未だ満足のいく復元方法は与えられていません。今や紀年論は迷宮入りの様相を呈していて、那珂博士や津田左右吉博士を超えるような仕事は登場していません。現在は在野の研究者によってかろうじて研究が続けられているのが実状です。

 

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