薄暗い外の景色にジムの窓から漏れる光が明るかった。ジムの中で体を動かしている何人かの練習生の人影が窓越しに見える。

寺門ジムの寺門会長は、新山選手と同じ宮城県出身の元プロボクサーで、トレーナーの経験を積んでから、このボクシングジムを設立した。世界王者堀内章二を筆頭に東洋太平洋、日本王者を数多く輩出した名門のジムだ。

ジムの建物の中に入ると、まず滑り止めの松脂(まつやに)の臭いが鼻につく。狭いコンクリートの三和土(たたき)には、男物の履物が乱雑に脱ぎ捨ててあった。

事前に見学の許可は取ってあったので、私たちが来るのはわかっていたのだろう。

「そこのスリッパを履いて」

テレビで見て知っている寺門会長が声をかけてくれた。別のスタッフの人が丸イスを出して

「このイスに座って見てればいい。ボクシングを見るのは初めて?」

「はい。初めてです」

私たちは高校の制服を駅のトイレで着替え、コインロッカーに入れてきた。神奈川県の小田原市からここまでは遠い。

初めて見るボクシングジムの中に私とサワは、ドキマギしていた。見学者は、私たちだけで、まして女性なんて一人もいない。その当時のボクシング界といったら、今と違って女など縁のない男だけの世界だった。だから、女子高生などかなりの場違いだったに違いない。

寺門ジムは決して広くはなかった。中央に練習用のリングが設けられ、左側の壁沿いに天井からサンドバッグが三本、右の壁側にはパンチングボールがやはり三つあった。そして、リングの右奥には大きな鏡が壁に貼り付けてある。

その鏡を見ながらボクサーは、対戦相手を想定しながらシャドーボクシングをして自分の攻撃をチェックするのだ。リングの中でシャドーボクシングをしている者、サンドバッグを叩いている者、縄跳びをしている者。

“あっ! リングの中でシャドーボクシングをしているのは堀内選手だ! 世界チャンピオンだ!!”

サワも気づいたらしい。私の腕を横から掴んで合図を送ってきた。時折、トレーナーが練習生に厳しい声かけをしている。

「千江美ちゃん。凄いね。高校の部活とは迫力が違うね」

「本当。ボクシングの練習を見るのも初めてだけど、テレビとは全然違うね」

「減量もするんだよね。ボクシング漫画読んで、知ってるよ」

サワも感動していた。

 

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