連れの客も拒否される。

「チェ! おーい、ママ。こっちにマイク回して」

振られた二人が今度はカラオケで競い合う。いつものことだ。

入口のドアに吊るされたベルが鳴った。客の出入りを知らせるベルだ。美紀はカラオケが大音響で鳴っていてもベルの音を聞き分けることができた。

潮の香りを漂わせてジャージ姿の常連客の一人が入って来た。日に焼けた顔の漁師だった。カウンターの美紀がすかさず目を向けた。

「いらっしゃい。あら、珍しいわね一人で。敏夫さんと一緒じゃないの。それにしても随分遅い御成りね」

美紀はそう言ってカウンターに客を誘い、客の名前が書いてある焼酎を棚から取り出しグラスとアイスペールそれに本日の突き出しのイイダコの甘辛煮を用意して客の前に置いた。

「明日は俺休み」

客が答えた。

「敏夫さんは違うの?」

「よう知らん。あいつとは今、戦闘状態」

「戦闘状態って、喧嘩でもしたの? 仲がいいのに」

「阿呆じゃ、あいつは。中古で車を買うと言うので知っている自動車屋を紹介して話もつけて遣った。けど、ひっくり返しやがった。それで同じ程度の車を違う所で二割も高こう買いよった。俺を馬鹿にしているというよりボケとるわ、ほんま、あいつ」

「あら、普段から俺たちは青魚でDHAを摂っているからボケないって言っていたじゃない」

美紀が突っ込みを入れた。

「ママ、敏夫のような天然じゃ、DHAをいくら摂ってもだめ」

次回更新は2月20日(金)、22時の予定です。

 

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「男は女に頼られるのに弱いあほな動物さ」―したたかだった母の言葉を思い出しながら酔い客を送り出す

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