第1章 医療

ああ胃袋

「お蔭様で90歳になり何の役にも立ちませんが、それでも家の留守居をしたり電話番をしています」。

にこやかでいつも丁寧な物言いのHさんです。Hさんとのお付き合いはもう5年になります。5年前Hさんの認知症を疑ったご家族は精神科受診に連れて行く予定でした。ところがあいにくその診療所が休診であり、困ったご家族が私の所に連れて来たのです。

夜になると胸がえらい(苦しいの方言)えらいと騒ぎ立て、救急車で病院を受診するのですが、検査をしても何も異常ない。でもしばらくすると、また同じような発作で救急車を呼ぶ。

そんなことの繰り返し。病院からはまたかと見放される。

しかしそんなことはお構いなしにHさんの発作は生じ、えらいえらいと騒がれる。ほとほと困ったご家族は「おばあちゃんは認知症ではないだろうか」と考えられたのです。

診察室に入られたHさんを見て化石医師の頭にある病気が浮かびました。Hさんは腰が曲がり少し前屈みの姿勢でした。「逆流性食道炎」。化石医師の頭に浮かんだ病名です。化石医師が若い頃はあまり注目されなかった疾患です。しかし食生活の欧米化の進行と高齢社会の中でとても増加し、問題になっている疾患です。

Hさんのような胸の痛みばかりでなく、喉の痛みや喘息も逆流性食道炎のためだと考える説もあります。

私達には通常は強酸である胃液が食道へ戻らないようにする機能があります。しかし年を取るとその機能が衰え、胃液が容易に食道まで逆流するようになります。特に化石医師が注目しているのは腰の曲がった方(亀背と呼ばれます)です。