私と病気の二人三脚。

私は、様々な病気に言い寄られながら生きてきて、正直モテ過ぎて困っている。

私は、3歳で腎臓病になったが、自覚症状や目に見える変化が少ない病気なので、診断されるまでに時間がかかった。だから、わかった時にはすでに手遅れだと言われたらしい(私は覚えていない)。

「覚悟をして下さい」と医者に言われた両親の気持ちを思うと、胸が苦しくなる。

おばにも我が子と思えるほど大切なおいがいるから気持ちを重ねてしまう。おいがいなくなるなんて、考えられない。

ここから私の波乱万丈の人生の幕開けだ。

腎臓病での1年間の入院生活を終え、退院した。残念ながら勝負は引き分けのままで、現在も完治はしていない。

どうやら、許婚(いいなずけ)らしいので、一生仲良くしていくつもりでいる。

当時、医者からは、「生きられても20歳までだろう。もし生きていられたとしても、この身体では働くのは無理だろう」と言われていた。

でも、20歳はとっくに過ぎたし、一人暮らしをしながら大学も卒業できた。

海外留学もしたし、夜勤のあるハードな仕事にも就いた。

私が働く未来を両親は想像もしていなかったに違いない。未来を知ることは誰にも出来ない。病気でも、不登校でも、引きこもりでも、奇跡が起きなくても、心配ない。

だって医学も教育も働き方も進歩する。

今、未来が見えなくていい。ただ、生きていたらいい。

 

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