ところが、すぐに顔をしかめ、もぐもぐと噛んでいたサンドイッチを呑み込んで叫んだ。

「テリブル(まずい)!」

将校は一口噛んだだけのサンドイッチを机のそばのゴミ箱に投げ捨て、残りのサンドイッチも紙袋に入れたままゴミ箱に投げ捨てた。そして、マグカップを持って立ち上がると、コーヒーポットが置かれたカウンターに向かい、コーヒーを注いでがぶ飲みした。

そのあと、もう一度、コーヒーをマグカップに注ぎ、机に戻った。席に座ろうとしたところで徳間と目が合った。お互いに目をそらさず見合ったが、やがて、将校が先に目をそらした。

この将校も、毎日、大勢の日本人が飢えている姿を目にしていたのだろう。椅子に座ったあとも、長椅子に座っている徳間を何度かちらちらと見ていた。やがて将校は立ち上がると、ゴミ箱から紙袋に入れたまま捨てたサンドイッチを拾い、徳間のそばに近寄った。

「食べるか?」

将校は紙袋に入ったサンドイッチを徳間に差し出した。将校に悪気はなく、単に自分が食べないから差し出しただけのことであった。徳間はゆっくりと立ち上がると、まっすぐに将校を見て言った。

「私は日本海軍の軍人です。人が捨てたものは食べません」

徳間は英語でそう言うと、将校を正面から睨みつけた。しばらく二人は無言で睨み合っていたが、将校が無言のまま小さくうなずくと、先に目をそらし、下を向いて唇をきつく結んだ。そして、席に戻ると、サンドイッチの紙袋を机の上に置き、書類をめくり始めた。

さらに一時間が経過した。徳間は長椅子に座ったまま、英語が飛び交う喧騒の中にいた。ひっきりなしに鳴る電話の音。

若い兵士にきつい口調で命令をしている将校たち。書類を持ち、上官の名前を呼びながらサインを求めて走る若い兵士。誰もが慌ただしく動き回っている。

次々に書類にサインをしてファイルを積み上げていく将校もいる。そのファイルを若い兵士が受け取りに来る。そして、また新しいファイルが運ばれてくる。

徳間は長椅子に座ったまま、じっとその様子を眺めていた。徳間の目の前に座っている将校がマグカップを持って立ち上がり、コーヒーポットがあるカウンターに向かった。

ゴミ箱から拾ったサンドイッチは、机の上に置いたままである。徳間は二階のテラスから自分を見ている制服の男に気がついた。

徳間を指差し、後ろを振り返って、誰かに何かを伝えていた。その様子を見ていた徳間の視界が急に遮られ、目の前にマグカップが差し出された。

「飲むか」

サンドイッチの将校が両手にマグカップを持ち、片方を徳間に差し出していた。カップにはコーヒーがなみなみと注がれている。

「砂糖とミルクはあっちだ」

将校は手に持ったマグカップで、砂糖とミルクが置かれたカウンターを示した。徳間は少しためらったが、立ち上がり、背筋を伸ばしたまま小さく礼をし、マグカップを受け取った。

「サンキュー」

将校は黙ったまま小さくうなずいた。そして、後ろを振り向くと、先ほど徳間を見ていた二階のテラスにいる制服の男に手を挙げて合図をした。それに応えるように、二階のテラスにいる男が手を挙げた。

「ファイブ、ミニッツ(あと五分だ)」

サンドイッチの将校は、徳間にそう言って机に戻った。それから一時間が過ぎた。将校はサンドイッチを机に置いたままにしている。

やがて、若い兵士が走り寄り、ファイルを差し出した。将校は受け取ったファイルをめくり、胸のポケットに差していた万年筆でさらさらとサインをした。そして、サインをしたファイルを持って立ち上がると徳間に近づいた。

「受取書だ。待たせたな」

そう言ってファイルの中から紙を一枚抜き取って差し出した。徳間に差し出された紙には、英語で「受取書」と書かれ、GHQの受取人の欄には、「M.Bothards」とタイプされた下に、たった今、万年筆で書かれたサインがある。

将校の制服の右胸にも、「Bothards」と名前が横書きされている。書類に記載された階級は「メージャー」となっているので「少佐」のようだ。徳間は「受取書」をたたんで胸のポケットにしまうと、空になったマグカップを少佐に手渡して言った。

「サンキュー、コーヒー。メージャー・ボターズ」

徳間がそう言うと、少佐が微笑みながら言った。

「ボサードだ。最後のSは発音しない」

徳間は少佐の右胸の名前の綴りをもう一度見た。

「サンキュー。メージャー・ボサード」

徳間は言い直すと、背筋を伸ばしたまま小さく礼をし、制帽をかぶって出口に向かった。