DJになるステップとして、一般的なのは……。

まずは、自分が気に入ったお店にお客さんとして通い続ける。

それから、そこにいるDJと可能な限り深いコミュニュケーションをとり、あの手この手を使って、やっとこさ見習いDJとして、ブースの中に入れてもらえる。

選曲の勉強が出来る場所、それを確保すること。そこから、全てが始まる。
頑張って、その位置につけたとしても、ターンテーブルには触れない。

先輩DJ達の使い走りが、一番最初に与えられる仕事になる。
この時点ではギャラなんて夢のまた夢、DJですらない。

1、2カ月、我慢に我慢を重ねて、やっとのおもいでターンテーブルを使わせてもらえる状況になる。

自分なりに選曲できるようにはなっていくが、それでもダンスフロアーに人が居る時間、ターンテーブルを使わせてもらうことはない。

ギャラは当然、出てこない。

半年も過ぎた頃、5万から10万円ぐらい貰えるのが最高だろう。
その頃になってようやく人の居るダンスフロアーを前にして、選曲させてもらうことが出来る。

そのあとは、自分の持つセンスと磨きぬいたテクニックで、名前を売っていくしかない。

翔一は、ここMy PointsでチーフDJとして、この店のDJブースを取り仕切っているが、現在、自分の下でがんばってくれている山崎にMy Pointsのハコ(DJブースのチーフ)を、譲ってやれたらいいなと、よく思うようになっていた。

「なぁ、昨日のオーダーの件で、今夜は動かなきゃならないから任すけど、大丈夫だよな」翔一が、言うと
「大丈夫っスよ、任せてください」と、力いっぱい言った後に続けて、
「今夜入るんですか?」と訊いてくる。余っ程、気になってるようだ。

この山崎もまたDJらしく、マリファナが大好きな奴だ。

「まだ、決まった訳じゃないから確実だとは言えないけどな、連絡待ちの状態だよ。じゃぁ、俺は2時間ぐらいダーティ・デライトに行ってまわしてくるから、連絡が入ったら、あっちに回してくれな」山崎に言って、翔一は店を出た。

My Pointsを出て、芋洗い坂下にある「ダーティ・デライト」に向かった。

この店は、つい最近出来たばかりのハコ、選曲はソウルよりも重め、ヒップホップを中心に選曲するノリが、この店のカラーだ。

最近のブラックミュージックは、全体的にヒップホップの方向へ向かっているような感覚がある為に、どうも正統派ソウルが、古めかしいものに、感じられるようになってしまっている。

翔一は、ダーティ・デライトでプレイするほうが、楽しい。そう思うようになっていた。

内心ではこっちの店に、入りびたりたいとは思うけれど、もう1つ彼が抱えているアンダーグラウンドな部分のことを考えるとMy Pointsをメインにおいとくほうが、なにかと都合がいい、というのは確かなことなのだ。

『思う通りに、ならない』これが、何事においても楽しくやるコツなのかも知れないな、翔一は、そう思って自分を納得させる。