高速道路での大型トラックの自動運転化は、国家プロジェクトである。関係各省庁やさまざまな分野の専門家が関わっている。しかしながら、どうもそれが「部分最適」に終始している気がしてならない。この巨大プロジェクトは、全国の主要幹線道路における物流を、「人から自動運転」に切り替え、物流大動脈を破綻の危機から救うものである。
いわば、令和時代の物流における「新幹線計画」であり、それを起爆剤とする「日本列島改造論」なのである。
その一方、国民の認知度の低さ、盛り上がりの欠如はなんなのだろうか。現場の自治体はなにも知らないし、いくら筆者が「物流破綻の危機が迫っていて、首都圏消費経済も大きな影響を受ける」と説明しても、なんの反応もない。政府の旗振り、発信力の低さが起因しているのか。
こうなると、日本が元気だった時代を思い起こすほかない。東海道新幹線開通を成し遂げた当時(1964年)の国鉄や「日本列島改造論」(1972年)を唱えた田中角栄元総理のように、大きなビジョン(グランドデザイン)をベースに、全体像を明確にする必要がある。
しかしながら、今の国の取り組み状況は、体の部分ばかりに目がいき、全体を統合する「主体」とヴィジョンが存在しない。加えて、日本全体に、新幹線・角栄時代のパッションも欠けている。こんなことでは、社会革命となる巨大プロジェクトが、うまくいくとは思えない。
東海道新幹線は、1959年に着工し1964年10月1日に完成した。まさに、所得倍増計画(1960~1964年)による高度経済成長の真っただなかである。なんと東京オリンピックの9日前というギリギリのタイミングで間に合わせたのである。
当時の国鉄は、市中銀行からの借り入れもできず、政府保証をもって、世界銀行からの借り入れでなんとかやりくりした。そんな状況にもかかわらず、この短期間に、用地買収を行っている。終了したのは、完成時の年初である。国鉄全体で約200人の用地買収の専門家を育成し、技術職員と一緒になって、5万人におよぶ地権者と交渉を行った。
東海道新幹線は6年で、車両からターミナル、運行システムまでを完成させ、ビジネスでも大成功を収め、日本の高度経済成長を支えた。
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