深夜を越えて、ほとんど朝って感じの明るさが、空にある。しかしある店ではその辺の時間からの盛り上がりこそが、このお店のフレッシュ・ピークタイム、なんていう元気印2重丸のダンスフロアーなんか、この街では全然珍しいことでもなんでもない。

例えば、ドア1枚で隔てられたダンスフロアーは真っ暗で、得体の知れない奴らが。見るからにヤバそうな雰囲気を全身に漂わせた奴らが、ガンガン踊ってる場所。でも、一歩店から外へ出れば、すずめのさえずりが聞こえる。

そして、表の通りには、足早に出勤を急ぐサラリーマン達が、ビシッとした服装で会社へと向かう姿がある。5メートルと離れていない空間の中に、相反する人間の行為が、平気で存在している。

六本木ってのは、そういう街。

「DJってのはね。そう、誰でも抱えてしまうことがあるような長い夜にさ、時間をもてあまして過ごしている不幸な奴らを相手にしたとしても、ダンスフロアーの中でならいつでも100%の満足感を与える事が出来るよ。それが俺の仕事なんだから。って言うだろうね、DJなら誰でもね。だから、絶対に手を抜いちゃあいけないんだよ。いつでも、全力」

長すぎる夜を、この六本木で過ごしている奴らは、みんなダンスフロアーでは、「大マジメなんだよねぇ」だから、いつでもダンスフロアーの上には単純に、

I WANNA BE DANCE !

な奴だけが、フェードインしてくることになってる。そんなだからDJは、ダンスフロアーに群がる奴らの全てに、とびっきりの満足感を提供できなければいけない役目っつうのを常に背負いながら、DJブースで飯を食っている。

レコード係とDJは、全然違う。例えば、お店が流行るかそうでないかのカギを100%握っているのはDJ。お店の客入りが減ったとしたら、1番先に切られるのはDJ。

「だからさぁ、DJってのは、ダンスフロアーで起こる全てのことを支配する義務があるんだよ。お店に来たゲストにアオられること、それだけは絶対にあってはならないことなんだよね。いつでも、その時自分がどんな状態であっても、持っている全ての才能とありったけのセンスで全ての奴らに、100%の大満足を与えることが義務なんだ。それが出来なくなったらDJは終わりだね。

勘違いしてたまに、DJという仕事にすがりついてる見苦しい奴が居るけれど、三くだり半はマネージャーかオーナーが速攻で突きつけてくるはずさ、なかなかシビアな世界だよ」

水嶋翔一というDJは、六本木の世界へ入ってから2年の月日が経つのだが、こんなくらいじゃあ、まだまだニューフェイスの部類に入る。しかし、ある一部のDJ達の間じゃちょっとした有名人、という環境にいる。

この街では、ニューフェイスDJのスタイルが、少しくらいどうであろうが、DJ同士の話題にのぼったりは滅多にしない。1日でも早く始めたDJ達には、それなりの自信と実績があるから。

じゃあ、なんで彼は六本木で名を知られる存在なのか?