「え、弟子?」
と驚いてワオを見ると、ワオの背中が見えた。ワオはぴょこんと跳ねて店の床に座り、土下座しているのだ。同じテーブルの他の参加者が見てはいけない異様なものを見るような目をしている。
「ワオさん、私は女性しか教え……」
そう断ろうとした結愛は、不謹慎にも噴き出してしまった。上目遣いで結愛を見上げるワオが、本当にワオキツネザルにそっくりだったからだ。
「確かに、俺は大した額は払えません。でも、真剣に城山さんのお菓子が好きなんです。よければ、レシピ本の挿絵は俺が無料で描きます。お願いします、弟子にしてください」
必死で頭を床につけるワオを見ると、男性と言うより一匹の可愛らしい猿が林檎欲しさに芸をしているように見えてきた。滑稽であるが、憎めない。これは、猿だ。
「分かりましたから、顔を上げてください。週に一回、私の家でプライベートレッスンをします。月謝は、今度出すレシピ本の挿絵を描くことだけ。材料は買って来てください、いいですね」
結愛はこの時、とっさに自宅でのレッスンと言ってしまって内心焦ったが、ワオは顔を綻ばせ、ありがとう、と結愛の手を取って握手した。小躍りして喜ぶ姿も、動きがぴょこぴょこと細かく、まるでワオキツネザルが跳ねているようで、結愛は自分が猿使いになったような優越感を覚えていた。
それから数日経った月曜日の午後、ワオは結愛のマンションを訪れた。男性を家に上げるのは、本当に久しぶりである。行彦と別れた後にこのマンションに引っ越してからは初めてだ。多少、身構えていた結愛であったが、ワオがさっと身に着けたエプロンにバナナの絵が描いてあったので、結愛は笑いをこらえきれなかった。