立ち上がってロープウェイを揺さぶると、高梨の頭に何かが落ちてきた。

「うわっ、何だ!」

高梨が慌てて払いのけている間に、昔の高梨と麻里那の乗ったロープウェイは頂上に着いて見えなくなった。高梨の頭に降ってきたのは、ポロシャツやワイシャツ、靴下だった。全て、この12年の間に麻里那からもらった誕生日とバレンタインのプレゼントだ。

実用性のあるプレゼントを喜ぶ高梨に、毎年麻里那はデパートでブランド物のそれらを買って来てくれた。それが、12年の月日を地層にするかのように、高梨の足元をぎっしりと埋め尽くしていた。

「お前、こんなにたくさん俺に尽くしたのかよ。こんな、指輪一つも捨てるような男に。馬鹿野郎、俺みたいな噓つき野郎に騙されやがって、馬鹿野郎、馬鹿野郎……」

高梨がワイシャツの山をかき抱いて泣き声を押し殺していた時、ロープウェイで唐突に歌が流れ始めた。もんてこい、もんてこいという阿波弁の歌詞が繰り返された。

「戻ってこい」の意味だと教えてくれたのは、麻里那である。外科医もよく使う言葉だ、あの(・・)とき(・・)に、と思った瞬間、ロープウェイの底が抜けた。

ぎゃあ、と叫んだ高梨は、空中で何かを掴んだ。吉野川を目指して落下していくのか、藍染めのような色の空に吸い込まれているのか、上下が分からなくなる中で、その掴んだ小さな物を掌を広げて見てみると、それはペリドットのピンキーリングだった。

「麻里那! お前に謝れないまま死にたくない! 生きて、一目会って、そして……」

そう叫んだ瞬間、目の前が明るくなった。

「高梨さん、意識戻りました!」

周囲が走り回っていた。病院だ。医師ではなく、患者となっている高梨は、目を覚まして自分の状況を思い出した。麻里那からのメールを受け取った2か月後、世界的に流行していた疫病に高梨も侵され、入院したのだ。すぐに意識を失い、人工呼吸器を装着するほど容態は深刻で、死の淵を何日も彷徨っていた。

「高梨さん、分かりますか?」