「うちには息子がいまして、城東高校っていう高校に通っとったんですよ。今年で37歳やけん、もう20年近く前ですけどねえ」

「ひょっとして、同級生に池添(いけぞえ)麻里那(まりな)っていませんでしたか? ほら、色の白い、茶色い髪と瞳の、東京の医学部に進学した……」

一気にまくしたててから、高梨は冷静さを欠いた自分が恥ずかしくなり、うつむいてすでに締めているシートベルトをガチャガチャといじった。

「ああ、うちの息子のクラスメイトにいましたねえ。うちの息子が、いっつも池添さんには模試の成績で負けるって悔しがっとったけん、いまだに覚えてます」

運転手は高梨の狼狽を気に留めず、颯爽と市民病院前を通過した。

「ここのフランス料理のレストランは、東京からわざわざ食べに来る人もおるって聞きましたよ。人形の家って言うんです」

市民病院を過ぎてすぐ、蔦が見事に絡まった建物が現れた。まるで、そこだけが切り取られて貼り付けられた、異国のようであった。

「ええ、そう聞いたことがあります」

高梨は、心の中で「池添麻里那から」と付け加えた。麻里那は、一度でいいからここで男性と食事してみたい、と言っていた。その時、高梨は、「一人で食いに行けばいいじゃん」と答えたはずだ。麻里那は、「一緒に行こう」と言いたかったのではないか。分かっていて、高梨はこれをいなした。麻里那は、「でも素敵な店は一人で行くともったいないです」と苦笑していた。

「お客さん、池添さんを知っとんですか?」