そんな俺達を沙優が見ていたなど、俺は知る由もなかった。華菜は「あきらめないから」とその場を後にした。マンションに戻り、俺は叩かれた頬に触れた。
「いきなり叩くとは、参ったな」
ドアを開けて「ただいま、沙優」と声をかけた。沙優は俺の方に駆け寄り、冷たく冷やしたタオルを俺の頬にあてた。
「沙優、どうした」
「痛かったでしょ、ごめんなさい。私がここに置いてなんて頼まなければ、彼女さんが怒ることもなかったのに……」
俺は頬にあててくれているタオルを持つ手を握った。
「沙優は優しいんだな、見られちゃったか、沙優は何も悪くないよ」
「ちゃんとカモフラージュって言いましたか」
「いや、本当のことを言った」
「本当のこと?」
「沙優は婚約者で結婚する相手だと……」
沙優は不思議そうな表情で俺を見ていた。
「さ、飯食おう、腹減ったよ」
「はい、すぐ出来ますから」
会話までは聞こえなかったみたいだな。俺の気持ちを打ち明けるにはまだ、タイミングではないと考えた。愛していると言葉にしただけで、はっきりと分かった。華菜への愛情はなかった。そして、沙優への愛情が深く確実なものだと分かった。