港町の夏祭りは宵宮を迎え、スナック漁火の灯りがともる頃、町の人たちは花火の打ち上げられる浜辺に集まった。

大人たちは持って来たレジャーシートに腰を降ろし缶ビールの蓋を開けて花火の始まりを待ち、浴衣に着替えた子供たちは嬉しそうに走り回り、娘たちは浜辺のあちこちではしゃいだ声を上げていた。

花火の打ち上がる前には浜辺で余興も行われ、決まって磯部太鼓が打ち鳴らされた。海を背に浜地に据えられた太鼓の前にはパイプ椅子が十脚ずつ四列に並べられた。商工会の役員連中と招待客の市役所の幹部たちなどの席だ。

接待に当たる商工会の職員たちの誘導で席が埋まると太鼓の演奏が始まった。上半身は裸で腹に晒を巻いた男たちが二人ずつ浜地に据えられた直径一メートル二〇センチほどの太鼓の両側から足を踏ん張るようにして太く短いばちで太鼓を打ち、さらにもう一人が横から太鼓の胴を打って軽快なリズムを奏でた。

左右に据えらえた篝火に照らされ、息もピタリと合った男たちの太鼓を叩く勇壮な姿は、在りし日の九鬼水軍の出陣太鼓を彷彿とさせた。

聞く者の(はらわた)に響きわたる磯部太鼓の勇壮な音と軽快なリズムは、大相撲の触れ太鼓のように間もなく花火が打ち上げられることを皆に知らせるのだった。

「寄付なんか集め回ってもほんと詰まらないわね。店の中で音だけ聞かせて貰うだけだから」

スナック漁火の中で美紀が奈美相手に不満そうに呟いた。寄付集めに協力したボランティアの実行委員も太鼓の前のパイプ椅子席に招待される。しかし、美紀は母の跡を継いで寄付集めを始めた年に出席したことがあったが一度で懲りた。

招待客であるにもかかわらず黙って座っていると、いろいろと声が掛かり商売のことを考えると無視もできず漁火にいるときのように頭を下げ、営業用の愛想笑いを振り撒かねばならなかった。

美紀はそんな所に出掛けても寄付集めの慰労などにはならないと思ったのだ。しかし、一度だけだったが僅か四十席のパイプ椅子に座る男たちを観察するのには面白い機会だった。

美紀が商工会の職員の誘導で指定席に座ると、既に中ほどに座っていた商工会理事の一人である頭の禿げた雑貨屋の亭主が末席に座っていた商工会の事務局長に周りを憚ることなく大きな声で話し掛けた。