葬式を行う頃は、怒りが先に立ち夜叉のような顔になっていたのかもしれんな。そんな顔をお前に見られたんやろうね。そやけど、そのあと、噂が立った。あの女は亭主を死ぬまで責め立てた女や、まだ小さい子もいるというが父無し子になったその子も可愛そうやとね。
そんな噂を立てた世間にも腹が立った。薄情な父親などいなくても娘一人ぐらいこの手で立派に育てて見せると思った。
勤めに出ることも考えたが、お前がいつ帰って来てもいいように家でできる商売を考えた。それが喫茶店とスナックの漁火やった。そんなことは思ったけど自分のしたことを顧みることはようせんかった……。
そやけど、時が経つに連れて世間の言う通りかもしれんと思うようになった。父さんの命を縮めてしまったのは自分や。亭主の浮気一つ許せん懐の狭い女やと……。漁火の経営が順調になってきた頃やったかなそんなふうに思い始めたのは。
それまでは生活を立て直すちゅうか安定させるのがやっとやったから。母さんはね、父さんへの怒りや恨みをバネに頑張った。世間への怒りもあったかもしれん。細やかながらもやっと経済的に余裕ができて人の心が戻って来たんやろね。
ああ、それと漁火でいろんな男を見てきて、男なんてのは仕様もない生き物やと思うようになったこともあるのかもしれんな。そうやったか、母さん、あのときそんなに怖い顔していたかい……」
「今はもうお父さんのこと恨んではいないの?」
「ああ、もう恨んでへん……。お前にもお父さんがいない分寂しい思いをさせてしまったね。ずーっと謝らなければいかんと思ってたんよ。済まなかったね。母さんを許してくれるかい?」
そう言って智子は点滴針の刺さった細い腕を伸ばして美紀の手を求めた。痩せた母の手を握った美紀に不意の涙が溢れた。
母の眼差しは父を語る昔のような棘はなく柔らかだった。母は長い年月を掛けて自分を裏切った男への恨みを見事に昇華していたのだった。
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次回更新は1月8日(水)、22時の予定です。
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