あの人は私の思いに気づいてくれただろうか。なぜ買ったチョコではなく、手作りのチョコを渡すのか、その意味をくみ取ってくれただろうか。私は神に祈る気持ちでチョコを差し出した。
「あ、ありがとう」
軽くなった手の先を見ると、チョコを持つあの人がいた。その顔はどんな感情を持てばいいのかわからなくて固まっていた。
「食べたら感想聞かせてください」
味ではなく、自分の気持ちに対する感想を。突然チャイムが鳴った。私は頭を下げて、あの人から逃げるように廊下を走った。なぜかその足はさっきよりも軽くなっていた。
次の日、あの人はいつもと変わらず教壇に立っていた。はたしてチョコは食べてくれただろうか。そして私の思いに気づいてくれたのだろうか。私は授業中、必死にその痕跡を探そうとした。が、あの人は私と目を合わせることも、機嫌の良さそうな表情を浮かべることもなく、昨日と変わらず淡々と授業を進めた。
チャイムが鳴ると、あの人はぜんまい仕掛けの玩具のように教室から出ていった。私は追い駆けようか迷ったが、無様な姿をさらすだけだと思って止めた。それにもしかしたらあの人はまだチョコを食べていないかもしれない。今日の夜に食べる予定なのかもしれない。そう無理やり自分を納得させた。
次の日、世界史の授業はなかった。私にとって長い一日だった。隣の教室であの人が授業をしているときはもしかしたら授業終わりに私のところに来てくれるかもしれないと、あらぬ希望を抱いたが、当然そんな奇跡は起こらなかった。
それなら逆に自分が職員室に行こうかとも考えたが、他の先生のいる前でチョコの感想を聞く勇気はなかった。やはり私は待つしかなかった。
次の日、はじめて世界史の授業で私はノートをとらなかった。あの人の声も一切耳に入ってこなかった。私の心は不安と焦りと疑問でいっぱいだった。いい加減答えを知りたかった。
不味かったならはっきりそう言ってほしかった。私は何度も手を挙げて聞きそうになった。なぜ世界一の軍事力を誇るアメリカがベトナム戦争で多くの死者を生み出し泥沼にはまってしまったのかではなく、私のチョコを食べてどう思ったのかを。
外からはその答えはまったく見えなかった。あの人の周りにはいつものように高い壁がそびえていた。
【前回の記事を読む】あの人にチョコを渡すのは私一人で、あの人の魅力を知っているのは私一人。他の人にはチョコをあげる資格はなかった。それがあるのは私だけだった。
次回更新は1月7日(火)、22時の予定です。
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