私は絶対に入院はしない!
加藤さんには重症大動脈弁狭窄症もあり、食事制限が他の入居者に比べて少しばかり厳しくなっていました。
加藤さんはチョコレートが大好きだったので、「同じ糖尿病のえりちゃんはチョコレートを食べていいのに、どうして私はだめなのか?」とたびたび尋ねてこられました。その都度何とも苦しい言いわけをしなくてはなりません。
「えりちゃんは末期癌を患っているから、食事制限は厳しくないのです」などとは口が裂けても言えません。
加藤さんは心臓も悪いので……と歯切れの悪い説明になってしまいます。医師とも相談し、ご家族の思いもお聞きして、一日に食べてよい間食の量を決めました。
当初は守られていても、人間誰しも自分にはチョコレートのように甘くなるもの。加藤さんの食べる量が徐々に増え、血糖値が高くなってしまいました。
糖尿病が悪化すると、口渇・多飲・多尿と体に良くない状況が相次いで起こり、その結果生じた浮腫が加藤さんの心臓を苦しめていったのです。
加藤さんに何度も「入院して治療したほうが早くよくなりますよ」と、医師からも看護師からも勧めましたが、「絶対いや!」「私死ぬならここで死ぬから」と了承されません。
ご家族に説明すると、「本人が望むならこのまま住宅で」との返答でした。ただし、「来年予定されている、夫の法事は無事に済ませてあげたい」との希望もありました。
入居して一年半後には心不全が悪化し、ご自身ではトイレにも行けなくなっていました。それでも加藤さんは「入院は絶対しない」と、説得を受け入れません。残念ながら、法事を済ませるのは難しそうな状態です。
一日のほとんどをベッドで過ごしながら、朝は必ず窓から庭を眺め、「ここから見る景色が一番好き」「ここに住めて幸せ」と、毎日繰り返して話していました。
そうして、加藤さんは強い意志で頑張られ、2か月後には食堂に出て、他者交流を楽しめるまでに回復しました。
しかし、体調が改善したとはいえ、週に2〜3回は強い動悸や心臓の痛みを感じ、以前のように車で遠方への外出行事は困難になります。無理がきかなくなり、楽しみに通われていたデイサービスをやめ、住宅の中だけの生活になりました。
それでも加藤さんは、庭の様子が日々変化していくことに季節を感じ、限られた範囲でも俳句の創作意欲が衰えることはなかったのです。
その年の夏の終わりに、ご家族と一緒に過ごされたガーデンパーティーでは、息子さん・娘さん・曾孫さんたち大勢に囲まれて、幸せそうに笑っている加藤さんがいました。
ご家族も体調の改善をとても喜び、加藤さんのご主人の法要も無事に終えられました。
加藤さんの次の悩みは、味覚が鈍くなったことです。これも糖尿病に由来するもので、ついつい塩分を摂って料理の味が濃くなってしまい、多く水分を摂ることで浮腫につながります。
加藤さんは「舌がびりびりして、味がよくわからない、苦い味がする」と訴えを繰り返されました。そこで、酢の物が嫌いじゃなければ、少しずつ酢をかけてみましょうと勧めました。
すると「とても食べやすくなったの。早く教えてもらえばよかった」と、加藤さんの気持ちが上向きになり食欲も戻って、一件落着と思われたのですが、不思議と血糖値が上がり糖尿病がまた悪くなっていたのです。
思いもよらない原因は「お酢」でした。
加藤さんが「おいしい、おいしい!」と食事ごとに掛けていた「お酢」は、糖分も塩分も多く含まれている物で、糖尿病には不適切な調味料だったのです。
事実がわかってから慌ててポッカレモンに替えていただきました。加藤さんは不満そうでしたが、数か月前の苦しかった日々を思い、受け入れてくれました。