Ⅲ.心臓発作と脳溢血から生命を守るために
1 両発作の根本原因究明への臨床的考察
⑪重篤な両発作発症時には体液が酸性化する
両発作発症時には、アシドーシス(酸血症。血液中の酸とアルカリとの平衡が破れて血漿 〔血液中の液体成分〕のpH値が強く酸性に傾くこと)が伴います。
なお、体液のpH値を安定化させるためのシステムが体には元来備わっており、健康時の体液のpH値は極めて狭い数値の範囲内に安定的に保たれています。
ところで、なぜこのようなシステムが私たちの体に存在するのでしょうか。
それは、体内で起こる様々な生化学変化には、種々の酵素が仲介役として関与していて、この酵素が活発に活動できるpH値が狭い範囲に限られているために、体液の液性は滅多なことではその範囲から外れることはないのだと考えられます。
すなわち、この酵素の働きやすいpH値の範囲を逸脱した体液の酸性化が生じるということは、体が極めて異常な状態になっていることを意味すると推論されるのです。
これらのことから、父は、重篤な両発作に伴う酸血症は、酸性腐敗便(強い酸性物質を多量に含む)の吸収によって起こると判断していました。
⑫両発作の原因物質は水溶性物質である
一般的に油溶性物質は体内に入っても1か所に留まりがちで、その作用は、たとえ過激なものであっても極めて徐々にしか発現しません。一方、水溶性物質は、これが血液中に吸収された際には瞬く間に全身に拡散します。そのため、この物質が過激な作用を持つものであった場合には、激烈な症状を一過性に発現させ得るのです。
タンパク性アミン類は水溶性物質ですので、主には直腸付近から血液中に侵入し、血液の流れに乗って全身各部に運ばれます。したがって、酸性腐敗の度合いが高度でなお且つその量が多量であった場合には、全身に及ぶ劇的な変化(主には両発作)を引き起こすと判断することができます。
2 原因物質特定への道
生体内産生物質で、死をも招くほど激烈な作用を有する物質は何か
さて、以上、様々な臨床的考察を述べてきましたが、では、それらの大半の条件を満たす物質として何が存在し得るのでしょうか。
この点に関していろいろ探究しました結果、父は、基礎医学研究における恩師である佐々木隆興博士の研究で指摘されているチラミン他が、これらの条件にピッタリ適合するという結論に達しました。佐々木博士の論文では、次のように説明されています。
それは、「強酸性条件(pH2.5〜5.5)の無タンパク培養液中で、アミノ酸の一種のチロシンに大腸菌を作用させると、そのチロシンの量の最大78%もの高収量でチラミンの美しい結晶が悪臭とともに析出する」というものです。この研究成果は、佐々木博士が、1914年にドイツの論文雑誌“Biochem. Zeitschr. 59, 429”に発表したものです。この研究成果は、京都帝国大学教授であった1914年に、第4回日本医学会総会で講演発表されました。
なお、チラミンは最も代表的なタンパク性アミンと言い得る物質です。麦角(バツカク)(主にイネ科植物のライムギの子房などに麦角菌が寄生して生じた菌核)の成分としても知られており、子宮収縮や、筋肉・血管の痙攣を誘発する作用を有しています。
そして、様々なデータを考察、検討した結果父は、両発作の最も主要な根本原因物質は、酸性腐敗便中に多量に産生されるタンパク性アミン類およびアドレナリンなどであるという結論に到達したのです。