第1部 捕獲具開発
3章 仕掛けとその効果
4 餌付け機能を備えた1匹取りの仕掛け
B 捕獲例2 クマネズミの場合
実施例1 古民家のケース
観察記録
新たに捕獲したネズミをケージに入れると、すぐにそれまで新聞紙の下にいた先住者が飛び出してきた。侵入者は入ってすぐに身を隠そうとする訳でなく、対峙してにらみ合うこともなく、逃げる一方である。この2匹のネズミは同じくらいの大きさで、むしろ先住者の方が小さく見えた。
今、改めて写真を見直して撮影順に写真を並べてみると、先住者は追いかけるばかりではなく、最初は餌の前に居座って睨みを利かしていただけのようにも見える(写真1、2)。
しばらくして、先住者は、あきらめて動かなくなくなった侵入者の背後にまわりに前足をのせて、耳元でキーと鳴いた(写真3)。噛みつくことはしなかった。
先住者がこのような行為を数回行った後(写真4〜8)、 儀式が終わったかのように2匹とも新聞紙の下に潜り、二度と争うことはなかった。わずか数分のできごとである。
とんでもないことが目の前で起こっていると思ったので一緒にいた社員の一人に写真に撮るよう指示を出して8枚の写真として記録した。
先住者は興奮状態で新聞紙の下から飛び出たように感じた。驚きである。一連の行動の最中、そばで見ている人間はまったく無視されていた。大抵、人が近くにいるのを知っている場合、物陰に隠れたり、物音がしなくなるまで息を潜め、その存在を隠そうとしたりするはずである。
それが進んで飛び出してくるなんて、ネズミらしさのかけらもない。まずそのことに驚いたので、すぐさま撮影することにしたのだ。捕獲され自由を奪われていることと、明るい場所でずっと人間に見られ続けていることが、一連の行動の妨げになっていない。
侵入者は服従のポーズを取らされているように見えたし、先住者は目的を達したのち、我に返ったように侵入者と一緒に新聞紙の下に潜り込んだように見えた。たまたま記録することができた、とても貴重な写真だ。
どんな生物であれ、お互いが知らない者同士なら、後ろから頭をがじがじと齧られるかもしれないのに、抑え込まれ、相手に背を向けてじっとしている奴などいる訳がない。
その時2匹は旧知の間柄のようだと感じた。侵入者は無抵抗なまま、耳元で大声で怒鳴られているのに服従の姿勢をとって顔を合わせようとすらしない。そして、相手が服従の態度を示しているにもかかわらず、先住者による儀式のような行為は一度で済まな かった。先住者は自分の置かれている状況と周りの状況を認識することができなくなるほど強い興奮状態に陥っているとその時に思った。
侵入者の行動も不思議だ。私なら旧知の間柄であったとしても、何度も服従の姿勢を要求されれば牙をむいて逆らうポーズくらいはするだろう。
先住者は何が原因で、どの時点でこれほど強い興奮状態に陥ったのか。闘争行為と呼べるものが全く無く、この後すぐに仲良くなり二度と争うことがなかったので、お互いがどんな結末になるか分かった上での行為ということになる。約束事であり、儀式のような行為である。
私は2匹のやり取りを次のように想像してみた。
先住者「この食料は先に見つけた俺のものだ! それを取りに来るなんてルール違反だろ!」(興奮口調で)
侵入者「入りたくて入ったんじゃない! そこの食料なんかどうでもいい。分かったから、早くいつものをやってくれ! 人が見ているじゃないか! それも分からんのか!」
先住者は憤りのあまり、他のどんなことよりも侵入者に対する儀式の方を優先し、極めて早い段階で興奮状態のスイッチを入れた。
侵入者がケージに入るとすぐに飛び出してきたのだが、 新聞紙の下にいる先住者はどの段階で侵入者を認識して興奮状態になったのだろう。侵入者が入って来る前か、それとも後か。
入って来る前に既に侵入者を認識していたかのような飛び出し方であったし、侵入者は入る前から先住者を認識していたかのような逃げ方であった。
それなら、どのような方法で、入って来る侵入者を認識し先住者を認識していたのだろう? 個体ごとの匂いを離れた場所から互いに感知することができて、当然のように早い段階でお互いが認知できたかもしれない。
ネズミは人より高い波長の音を感知することができる。もしかすると侵入者が入ってくる前に、人が感知できない方法で侵入者に警告を発していたのかもしれない。
とにかく、先住者の興奮の度合いは侵入者が入ってくる前に増していったのだろう。侵入者がそれを無視して入って来たために先住者の興奮状態がマックスに達したと考えると、納得がいく。