「えっ、祐介さん飲んだことあるんですよね?」

遥はきょとんとした表情で確認するように尋ねた。

「いや、初めてだよ。この店も初めて入ったし」

「えっ! だって世界一おいしいタイティーだって、さっき言ったじゃないですか!?」

「あー、さっき遠目で店を見たとき、世界一おいしそうだなって思ってさ」

祐介はまたとぼけたような表情をしながらストローに口をつけた。

「ちょっと! テキトーだったんですか!?」

と、遥が驚いて言うと、祐介はすべてを帳消しにするような笑顔を見せた。

子どもみたいに笑う彼につられて、つい遥も笑ってしまった。窓から外を見ると、軒下で雨宿りする人たちの姿が見えた。祐介もその様子を見ていた。

「あの……昨日のギターの話。実は少しだけカジさんから聞きました」

遥が話し始めると、ストローをくわえながら祐介が目を見開いた。

「でも、ちゃんと聞いたわけじゃなくって、カジさんも祐介さんから直接聞いたほうがいいって……」

「あー、その話ね。どこまで聞いたの?」

グラスをテーブルに戻して、祐介は照れくさそうに言った。

「ご友人の失くしたギターを探しているって……」

「そうか」

と言うと、祐介は少し黙った。そしてタイティーに手を伸ばすと、生クリームの上に乗ったミントの葉を指でつまんで皿に置いた。

「なんか大袈裟な話に聞こえるけど、こっちからしてみたら “あったらいいな” くらいの話でさ」

祐介は言葉を選ぶようにして話し始めた。

「正直言って、少し無謀だったかなって反省し始めているんだ」

祐介はストローでコップのなかの氷を突きながら言った。

「え? ギター探しがですか? どうしてですか?」

「そりゃあ、見つかったらすごいことかもしれないけど、普通に考えたらまともな手がかりなんてほとんどないし、写真を見せて尋ねたところで、知らない人からしたらギターなんてみんな同じに見えるしね。事情を説明したら、少しは力になってくれるかもしれないけど、いちいち事情を説明する語学力もないし」

目をそらせて、祐介は少し黙った。

「祐介さん、知っています? 人って意外と自分を評価できないものなんですよ。さ、どうぞ話してください」

遥が得意な顔でそう言うと、祐介は笑いながら観念したように話し始めた。

祐介は情報を整理しながら遥に状況を説明した。

1年半前、友人が心臓に疾患を抱えたままギターを持って旅に出たこと。その友人の病状が悪化して帰国を余儀なくされたこと。

その後、友人が残したノートに書いてあった旅のルートを調べて、自分が旅に出たことなど、ここまでのいきさつを時系列に沿って話した。

一通り話を聞いた遥は唖然とした。

「すごい話ですね、信じられない」

「だよね。馬鹿げてるだろ?」

祐介は下を向いた。

「それで、何か手掛かりはあったんですか?」

祐介は渋い顔をして首を振った。

「でも、ノートがあるなら、最後に書かれたページにヒントがあるんじゃないですか? ほら、最後に行った街のほうが情報もあるかもしれないし」

遥は自分で言いながら名案だと思った。

祐介はそれを聞いて「その通り」と言わんばかりに頷いた。

「僕もそう思ったんだけど……」そう言って持っていたバッグをあさり始めた。

そしてバッグから使い古したようなノートを取り出した。

「これがそのノートですか?」

「そう。ちょっと見てほしいんだけど」

そう言うと祐介はノートの一番最後のページを開いた。

「ここなんだけど」

祐介は最後のページに書かれている時刻表のようなものを指さした。

「12月20日?」

遥はそこに書かれた時刻表の日時を不思議そうに声に出した。

祐介は頷いた。

「あいつが日本を出たのが2013年5月。日本に帰国したのが2014年4月だ。ということは、ここに書かれている12月20日は、2013年のことだと思うんだ。となると、これは哲也の最後の記録ではない可能性が高い」

「あ……もしかしたら、このあとに書かれたノートがあるのかも!?」

遥は目を丸くさせながら推理した。

「うん。僕もそう思ったんだ。それとあくまでこれは推測だけど、もう一冊のノートは、失くしたギターと一緒にあると思うんだ」

「え? ご友人が倒れたときに一緒に持っていたってことですか? なんでそう思うんですか?」

「この推測にあまり意味はないんだけど、このノートって作曲にも使われていたと思うんだ。ほら、ここに歌詞とかコードが書きこまれているだろ」

祐介が指した先には、英語で書かれた歌詞とギターのコードが書かれていた。

「つまりギターを弾いているときに近くに置いてあったんじゃないかな。バックパックからもう一冊が出てこなかったってことは、おそらく一緒に失くしたんじゃないかなって思ってね」

「なるほど、確かにその情景はイメージできますね」