「え、なんですか? 聞きたいです」
一瞬ためらったような言い方が、かえって遥の興味をそそった。
「話すと結構長いんで、今度時間があるときゆっくり話しますよ」
「大丈夫です。雨が降っていて退屈していたので、ぜひ聞きたいです」
遥はマックブックを閉じて彼に身体を向けた。
「祐介君!」
突然、2階から男性の大きな声がした。その男はこちらに駆け寄りながら会話に割って入ってきた。このタイミングの悪い日本人は、みんなからカジと呼ばれる男で、遥が来たときからずっとこのゲストハウスに滞在している。
遥は時折このフロアでカジを見かけていたが、気安く話しかけてくる強面でタトゥーだらけの彼が生理的に苦手で、いつも避けていた。
「あ、カジさん!」
祐介は手を挙げて、近くに寄ってきたカジに返事をした。
「おかえり! 祐介君が帰ってきたって、さっきトミーが教えてくれてさ」
「ええ、ついさっき到着したところです。こっちはひどい雨ですね」
「ああ、ここのところずっと降っていてね。それでギターどうだった?」
カジがそう尋ねると祐介は首を横に振った。
「ギター?」
隣で話を聞いていた遥が不思議そうに顔を向けると、祐介はそれをかわすように笑みを作った。
「そうだ、祐介君トミーに会った? トミーがガレージに来るようにってさ」
カジがレセプションの奥を指さしながら言った。
「うん、わかった、行ってみるよ。遥さん、話の途中でごめんね。話はまた今度ね」
そう言うと祐介は立ち上がって、レセプションの奥にある裏口のほうに消えていった。
遥は取り残されたようにカジと二人になった。二人の間の沈黙に割り込むように雨音が激しく響いた。
「あの……ギターって何ですか?」
遥は目の前に立っているカジに恐る恐る聞いてみた。
「ああ、祐介君の話ね」
少しだけ焦らすようにしてからカジは話し始めた。
「彼、友人の失くしたギターを探しているんだって。どこにあるのかもわからないらしいよ」
「え? 彼、ギターを探して旅しているんですか!?」
「そうみたい。俺も聞いたときは驚いたよ。なんでも1年前に旅をしていた友人が失くしたギターらしいんだけど、その友人は今心臓に障害を持っているらしくってね」
「え!? なんですか! その映画みたいな話!?」
「俺も話を聞いたときは鳥肌が立ったよ。詳しくは彼から聞くといいよ」
結局その日、遥は祐介と会うことはできなかった。自分と同じくらいの年齢だと思っていた祐介の年齢が、35歳だとカジから聞いて遥は少し驚いたが、そんなことよりもギターの話が気になってしょうがなかった。