『母娘旅。』
えぐるような心の痛みに、ポタポタと零れる涙を補うように缶ビールを流し込む。イライラしてしまうのは、心のどこかで治ってほしいと期待しているからだろう。私と話したことを忘れないで、覚えていて、思い出してというエゴが働いてしまうからだろう。
怖いんだよね? 一緒にいられる時間が少ないことに気づくことが
―認めちゃいな。―
この言葉が頭に響いた瞬間に、
「聞いてるの?」
「聞いてるよ!」
あの会話のやりとりを思い出した。
「聞いてるの?」
「聞いてるってば!」
懐かしい響きが脳ミソの奥底から湧き上がってくる。
―そうだ。私もなんだ。―
中学、高校とガラスのハートだった私。あの頃は、毎日必死に生きてたのかな? 覚えてないのだけど、2時間も3時間も愚痴や悩みを話し続けた……と昔母が言っていたことを思い出した。もちろん母も当時うんざりしながらだけど、ちゃんと聴いてくれていたらしい。覚えてないや。忘れてる。
そういえば、そんな気がする。キッチン……とは言えない台所で、働きながら家事をこなす母の夕飯の準備を手伝うわけでもなく、いつまでもいつまでも、愚痴や文句を話し続けていた。
私なら無理だな。何度も同じ話を聞いたりするのは疲れるし、話したことも忘れられるのであれば、うんざりするから避けたい。返事をするのも面倒くさいから、もうやめてほしい。
全部、同じなんだ。また同じ話。またその話。
話したこと忘れてるじゃん、私だって。同じことして優しく接してくれてたこと、忘れてるんじゃん。
美恵は独り、呼吸を、肩を、心を震わせ大泣きした。失う恐怖感が心を、頭を、身体中を侵食していく。泣きたかったんだ。駄々をこねる子供のように。無邪気に気持ちを表現できる子供のように。隠せない想いを。苛立ちを。
誰だって、冷たくされたり怒鳴られたら、傷つくし怖いよ。まして我が子からされたら、余計に切ないよね。母の無条件の愛って、本当に凄いと感じた。
お利口さんじゃない私と一緒に笑ってくれた母。良い子になれない私と一緒に泣いてくれた母。今度でいいのに、忘れ物を走って追いかけて届けてくれる母。ご老体が顔面蒼白ぜぇぜぇしてたら逆に心配だわ。
ありがとう。優しくて鬼のようで天然で賢くて、大好きなお母さん。だから私も、優しく鬼のようにバカ丸出しでズルく、お母さんに接していこう。
まぁ、「ボケには波がある」らしいし、イライラするから一緒には住めない、結局薄情な娘だけど。なるべく会う機会を増やそうと思った。なんだかんだウケるし、ネタの宝庫だから。親不孝か。