第2章 ネクセルジャパンの誕生

失敗から商機が生まれた

20万円で台湾から電池を輸入

東京から福井に帰って「台湾から電池を輸入して販売しよう」と二見専務に相談しました。専務はかなり躊躇しました。

その理由はアコス社には日本で電池の販路は全くないからです。アコス社は冷凍食品が専門です。電気関係の会社との付き合いや販売ネットワークはないので、この事業を手伝うことはできません。それでもアコスと取引が多くて、地元福井で店舗数の多いスーパーなどの担当者を紹介してくれました。

でも話によると、アルカリ乾電池でも年間数十本しか売れず、充電池の需要はほとんどない。しかも電池はやはりP社やS社やT社などの有名ブランドでないと全く売れないということでした。確かにそうです。電気屋さんの店には有名なブランド以外の電池は全くありません。

それでも、私は何とかしてやりたいと言いました。

すると二見専務は「それじゃ、 20万円で台湾から電池を仕入れて売ってみて、もし売れなければやめよう」と言いました。万が一この件は失敗しても20万円で終わります。儲けるのはわからないが、損はそれぐらいでチャレンジしてもいいということでした。

そこで、2月下旬に台湾から2万本の単3と単4ニッケル水素電池および放電機能付充電器を輸入しました。製品は届いてから、どう売るかは全くわかりませんでしたが、電話帳を調べ、まず福井の電気屋さんに電話をしましたが、全く相手にしてくれませんでした。

日本では、まずメーカーから総代理店の倉庫へ配達してから、全国各地の卸売業の注文数に応じて他の電子部品などを合わせて送ります。それから各店舗の注文に基づいて配達します。これが電池の売買流通ルートです。

私は何も知らず、勝手に電話をし、しかも日本語はあまりうまく話せなかったからか、おそらく店舗の人は「この人は頭がおかしい」と思ったことでしょう。