十年来の知己のように、視線を車椅子に揃え優しく握手をしてくださった監督に、夫はと見ると、やせ細って骨と皮ばかりになった顔をクチャクチャにして泣いておりました。感極まった顔をして。

「奥さんとお嬢さんはうちの大学の卒業生なんだけど、お父さんは違うんですね」

との監督の話に、夫は困ったような顔をして、クチャクチャの泣き顔に笑いを浮かべて、ただ監督をじっと見つめておりました。

身体の大きな監督が、背を縮めて夫に視線を揃えて一生懸命話しかけてくださっている姿に、私も胸がいっぱいになりました。

色紙にサインをしてくださっている監督を、夫は何とも嬉しそうな顔をして、泣き顔を綯交ぜにした不思議な顔で見つめておりました。

いつも夫がお世話になっている通所介護所施設長ジョン様のお嬢様方が、この面会を知り《原辰徳88》と黒字にジャイアンツのシンボルカラーを浮き彫りにした見事なうちわを作ってくださったのです。

監督はこのうちわを自らがお持ちになりニッコリと記念撮影に収まってくださいました。

ジャイ狂の夫にとってこれ以上素晴らしい時間はなかっただろうと思うと、あれこれ思いを巡らし悩んだことが、監督とのこの場面によって救われた気がしました。

試合後のお疲れの中お運びいただきました監督のあのやさしい笑顔を夫はいつまでも心に秘めて、明日からはまたベッドの主となることでしょう。

原辰徳監督、ありがとうございました。また東海大学同窓会関係、ホテルのみなさま方の温かいお心遣いに心から感謝申し上げます。

 

(九) 帰りなん、いざ。

待望の原辰徳監督とのご対面の楽しいひとときもまたたく間に過ぎ、いよいよ帰宅となりました。

ベッドの設置してある部屋に戻り、角川先生の診察です。大きな環境の変化、楽しいこととは言え大いなる興奮の後であるのでとても心配でした。でも、全て順調との先生の御診察後の一言に安心いたしました。ベッド類の備品の引渡し、点検の後、介護タクシーでいよいよ自宅への帰還の途につくことになりました。

【前回の記事を読む】【闘病記コンテスト大賞作】みなさんのお墨付き介護タクシーで準備万端。『原辰徳監督』に会いに行く!

次回更新は3月2日、11時の予定です。