パールハーバー
パールハーバー(真珠湾攻撃)のごとく住町のアパートに奇襲作戦。
そっとベランダから部屋の中をのぞき、電気もついていて人のいる気配もある。周りを気にしながら、今だ! 迷わずブレなく新高山登れ1208だ。
「ピンポーン」
どうなるのかも、どんな相手かもわからないが、そこはトシカツの十八番、必殺技「出たとこ勝負」だ。とはいえ、トシカツの頭の中には、何もプランはなく、基本的には相手に会って別れさせれば、享子の心も変わってトシカツのところに戻ってくると思っていた。
この奇襲作戦が成功すれば全て終わる。山本五十六よろしく相手に大打撃を与えれば、後は交渉次第で、トシカツも家に帰れるようになるのではと思っていた。
「はい」と中から声がして、部屋のカギがガチャっと鳴り戸が開いた、すかさず戸をこじ開け土足のままズカズカと部屋に上がり込み、炬燵の上の灰皿やコップをちょっと寄せて、そのままそこにドカッと足を広げて座った。
気持ちは『仁義なき戦い』の松方弘樹である、相手を威嚇するには充分だ。享子の相手の男、Aにしてみれば青天の霹靂、藪から棒、寝耳に水、固まったまま声も出ず立っていた。
「トラトラトラ!」
我、奇襲に成功せりである。最初に口を開いたのはトシカツである。
「お前は誰だ?」
いやいや、そのセリフはAが言いたかっただろう。しかしAはあまりにも想定外な成り行きに、公園の銅像みたいに固まったままだ。
トシカツはポケットからゆっくりとタバコを出し、火をつけAを見る。若い、痩せている。見るからにヤサ男だ。
「オレは小川や! 何で来たかわかるな?」
Aは返事もできない。今時のチャラ男みたいにふざけた返事でもしていれば修羅場となるが、そうなっていた方が早くケリがついていたのかもしれない。
トシカツは性格的に人を追い詰められない人である。年を聞けばまだ30歳だという。自分に甘く他人に甘いトシカツは、途中からAが可哀想に思えてきてそれ以上責めることをやめてしまった。
諸説あるが、日本軍も真珠湾攻撃で攻撃したことで納得して、本丸まで攻めきらず引き返している。もう一歩踏み込んで攻めていれば、歴史も大きく変わっていただろう。
結局、トシカツは
「オレが来たことを言わずに、別れてくれ。そうすればこれ以上は責めないから」
とだけ言って名前と職場と携帯番号を聞いてその日は帰っていった。トシカツは入ってきた時に全精力を使いきってしまったのだろう。ヘトヘトになっていた。
ただ職場を聞いた時、享子と同じスーパーだと答えたが、Aは船村店だと言っていた。享子は北区店であるから、トシカツは少し心に引っかかりも感じたが、違う店と聞いて、その日は追及せずただ「犯罪者にならない」と、呪縛のような誓いをギリギリ守ったのだろう。
しかし、この呪縛がトシカツの足枷となり、ズルズルと底なし沼に足を取られていくのであるが、さて、トシカツの思惑通りにいくのだろうか?