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男の友情
行きは車窓から眺める緑の色の変化を楽しみながら乗っていた新幹線も、
帰りはトンネルばかりが気になります。
私の前の座席の坊やは座っているのに飽きてきたようです。
さかんに、こちらを向いて坊主頭を少しずつ出しては引っ込め、
誘いをかけてきます。
実を言うと私も乗っているのに少々飽きてきました。
(ちょっと、付き合ってみようかな)
彼との戦いに疲れてしまったのでしょう。
お母さんは寝ているようです。
(何して遊ぼうかな? そうだ! 携帯で似額絵を描こう)
有り難いお地蔵さんのような坊やの顔を描いた画面を見せると
坊やは、ぐっと身を乗り出してきて「えへーっ」と身体をくねらせ、
恥ずかしそうです。
「何してるの! きちんと座りなさい!」
お母さんが目を覚ましたようです。
背もたれの向こうに姿を消した坊やは、しつこく怒られています。
(私のせいだ。悪いことしたな)
「終点 東京です」
人混みの中、お母さんと一緒に手をつないで歩く彼の横を私は歩きました。
彼と一瞬目が合いました。
私が小さく手を振ると彼も小さな手を振ってくれました。
(君はほんとに、いいやつだな)