カラス
横丁の道は狭くて曲がりくねっているせいでしょうか、みんなのんびりと歩いています。
せかせか歩くのは不似合いな世界です。
上空ではカラスが「カーカー」と鳴いています。
実は、私、先週、カラスに、襲われました。
しかも、くちばしで頭を突かれ、
痛いの痛くないの。怖いの怖くないの。
私がカラスに襲われた日は気温が30度近くまで上がった夏のような日でした(本当の季節は春、5月下旬)。
私は誰もいないのを確認して演歌を歌いながら歩道橋を登っていきました。
すると、登りきった真正面の欄干に1羽のカラスが。
「びっくりしたなも~」一瞬、歌うのをやめてカラスの顔を見ると、
黒くてよくわかりませんでしたが、こちらをにらみつけているように見えました。
次の瞬間です。私の左肩の上を黒い物がバサッと通り過ぎていきました。
「もう1羽いた! 危ない、危ない」
威嚇(いかく)攻撃です。
「こういう時はどうする? そう! 逃げる~」
「いや、待て! カラスに脅されたくらいで逃げるのか」
何食わぬ顔をして通り過ぎよう」と考えていた直後、
後頭部にガツーンと衝撃が走りました。
「イテーッ」
私はカラスに襲われました‼
人は生きるために、いろんなことに妥協し、いろんなことを諦めます。
ただ、私はカラスに頭を突かれたことだけは納得いかないのです。
歩道橋から少し離れた木陰で、カラスの様子を見ることにしました。
しばらくすると、白いトレーナーに白の綿パン、おまけに白いバッグを
肩にかけた若い男性が歩道橋を登り始めました。
「カラスは黒いものに反応するけど、白ずくめじゃダメだろうな。残念だな~」と
思いながらも、微かな期待だけは持っていました。
白ずくめの男性が歩道橋の真ん中あたりにさしかかった時でした。
黒いものがヒラリヒラリと降りてきて、白ずくめは、突然、中腰になって慌て始めたのです。
「アッ! ヤッター!」
「白ずくめがカラスに襲われた! 白いカバンで頭を守ろうとしている。へっぴり腰だ」
頭はズキズキ痛むのですが、
全てを納得した私は頭の治療のために病院に行くことにしました。
電車の通り過ぎる音を聞きながら携帯電話で
「ケガしたので、ちょっと病院に行きます。飲み会には遅れます。ゴメン」
と連絡を入れました。
向かった病院の前には紫犬がつながれていました。
柴犬は目が小さくて頬の筋肉が硬いのか、あまり表情を変えません。
入り口が自動ドアの病院は内科・皮膚科専門で、先生は女性です。
受付の女性に「どうしましたか?」と聞かれ
「カラスに襲われて、頭が切れたみたいです」と答えると、
薄いピンクのソファに座っていたおばあさんたちが、
いっせいに腰を浮かせてこちらを見ました。
私に診察の順番が回ってきました。先生に診てもらうと、素っ気なく
「たいしたことありませんね。消毒しときます。傷、鏡で見せてあげて下さい」
とスタッフに指示して終わりでした。
友人たちに遅れた理由を説明するのは大変でした。
ほんとに声をカラスほどでした。