第一話 ハイティーン・ブギウギ ~青松純平の巻~
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潮風がしみるぜ。
俺はゼファーにまたがり、周防灘を抱きながら国道十号線をのんびりと流していた。五年ぶりの故郷。虎の子のバイクを東京からわざわざ持ち帰った甲斐があったというものだ。
とにかく気持ちがいい~!
都心で購入したばかりのマンションを売り払っても、人気の高級SUV車を手放しても、千香子に「メカオンチのくせに」と嫌味を言われても、頑として売るつもりはなかった。
「バイクに乗るのが好きなだけならスクーターで充分じゃん。ガソリン代かからないし買い物に便利だし。買い替えれば」
まったくもって妻の言うとおりで反論のしようがない。しかし、これだけは売るわけにはいかない。思い出の一品だからだ。自動二輪免許を取得したばかりの十代後半、兄貴に譲ってもらったこのバイクで千香子を後ろに乗せて走ったことがある。一度きりだったけど。
千香子が両手を自分の腰に回して身体を寄せ、柔らかなふくらみが背中に当たるのを期待してドキドキしていたが、彼女はタンデムベルトを両手でしっかり持った状態で背筋をピンと伸ばし、密着しようとしなかった。がっかりである。当時奥手だった俺は頭の中で千香子を抱き、自分を慰めた。
「本当に持っていくの?」
「輸送費なら心配いらない。俺が乗って帰るから。もちろん一般道でね。高速代節約するから別に構わないだろ。なんならお前も後ろに乗ってく? 昔みたいに」
「こんなときに冗談はやめて。昔って何のことよ」
ガーン。
軽いめまいがした。タンデムした事実を覚えていないなんて。俺はがっかりするも追及しなかった。口達者な千香子とは「乗せた」「乗ってない」の水掛け論になることはわかっていたからである。
梅雨入り前のある日の朝、俺は自宅の庭先で抜けるような青空を見ていると無性に走りたくなった。熟睡している家族を尻目に顔をサッと洗い、ホットコーヒーにトースト一枚と軽めの朝食を済ませると、実家のある築上町を出発したのだった。お気に入りのレイバンのサングラスをかけて。
目的地はすぐに決めた。東海岸を走る九州最長の路線――JR日豊本線と並行しながら、ひたすらに南下した。のどかな田園風景を楽しみながら市街地へ入り、市街地を抜けるとまた田園地帯へ。山国川を越え、大分県中津市に入る。中津城の近くでひと休みすることにした。