二時間ほど食事を楽しんだ後、「BAR home」へタクシーで向かった。
車外に出ると人影はまばらで、真夏の夜に時折吹く風が心地よい。昼間は不快に思えるほど鳴いていた蝉たちも、夜の静寂を堪能しているようだった。
前の店が禁煙だったから、先に煙草が吸いたくなり、一緒に店先のベンチに腰掛ける。カバンから出した彼女の煙草の銘柄が、意外だった。
――ラッキーストライクかぁ。
「安奈さんって、意外とキツいの吸ってるんだねぇ。いつもカウンターの下から出すから気づかなかった」
「意外といえば、あなたが煙草を吸うのも意外だったけど」
日ごろからよく言われることだった。
彼女が煙草に火をつけ、私も同じ動作をする。
「だよねー。周りは誰も吸わないもん。まぁ、若気の至りってやつだね。学生時代にバイトしていたのが、ガソリンスタンドでさ。仕事できてかっこいい女性社員がいてね。彼女の真似して吸ってみたら、ハマっちゃったの」
「ふぅん」
彼女が深く煙草を吸い込み、向こうの方に吐く。
「私って昔からヤンキーに憧れるところがあって、吸い方も妙にかっこつけちゃったりしてさぁ。アホでしょー⁉ でも一ミリのショボいやつだから、癖みたいなもんだと思う。なのに、これが中々やめられないんだよねぇ。お酒飲むと特に。安奈さんは? ラッキーストライクって中々女性が手出さないでしょ」
彼女は足を組み直して、少し上を向いて、煙草を深く吸い込み吐き出す。ふっ、と軽いため息で笑って、はぐらかさずに答えてくれた。
「お医者さんって、家庭教師とかするものだと思ってた。やっぱりあなた、面白いわ。私はね……吸い出したのは、二十五歳の時。当時一緒に住んでいた人が、これを吸ってたのよ。それ以来、ずっと同じ煙草を吸ってるの。それこそ、癖みたいなもので」
彼女に影響を与える男性に対して純粋に興味は湧いたけど、先刻の彼女の表情が思い出されて、深くは突っ込まずにおいた。
「へぇ……。安奈さんも、人に影響されること、あるんだねぇ。またまた、意外」
「あるわよ。しっかりして見えるかもしれないけど……結構甘えたがりな部分とかも、あるもの。今日は、ちょっと甘えたつもりだったんだけど……」
安奈さんの耳が、真っ赤に染まっていた。彼女は煙草を灰皿のへりに置き、手で顔を仰ぐ。恥ずかしがる彼女を見たのは初めてで、愛おしさがこみ上げた。
「今の安奈さん、めっちゃ可愛い。もっと甘えてもいいよー。なぁんて」
「え……本当に?」
存外素直な反応をされて戸惑う私を、頬を赤く染めた美人が真っ直ぐに見つめていた。静寂が辺りを包んでいる。蝉たちも虫たちも無視を決め込んでいた。