母に少し申し訳ない気がした。失業のショックや再就職への不安から、私が眠れずにいると思ったのに違いない。励まそうとしていたのかもしれない。

夕食の時、両親に面と向かって失業のことを詳しく伝えた。しょんぼりしても仕様がないし、実際さほどしょんぼりもしていないから、私は努めて明るくカミングアウトしたのである。

案の定両親からあれやこれや言われたが、私は用意しておいた骨休めの必要を語り、「まあそういうわけなんで、しばらくやっかいになりますわ」とおどけて居候を申し込んだ。それがふてぶてしい態度に映ったか、「そんなチャランポランな態度でいいんかい、もう一人子供ができるってのに」と母はあきれ、憤慨もしていた。

それで後になって考え直し、失業した息子にもう少し励ますようなことを言ってやればよかったと後悔し、さっきの態度があったとするなら、悪いのは私の方だ。失業が痛手ではあっても、それを利用してやるつもりで来たのだから。失業を好都合と考えている自分がいるのだから。

その後部屋に戻り、私はがんばって漫画を読み続けた。次第に夜は白みはじめ、部屋から見える景色も色を帯びていった。五時を迎える頃にはすっかり明るくなり、夜が明け、朝が来たことを実感した。私は少し感動した。久しぶりに朝の始まりを見たこと、頑張って徹夜したこと、これでようやく眠れることに対して。

机の引き出しにしまい込んだ日記帳を取り出し、確認する。実家に帰省するにあたって、私は日記帳を五冊持ってきた。そのうち四冊はかつて若かりし頃、大学生時代に付けていたもので、一冊は新品、これから日々書いていくつもりの日記帳だ。

そのうちの一冊、分厚い薄茶のルーズリーフの表紙に、『ヒミツの暗黒日記  NO.1』と大袈裟な題名の記された日記帳を取り出し、七月三十一日、つまり今日の予定を改めて確認する。今から二十二年前、一九九九年、十九歳の自分が書いた日記を。

ちょっと読んで机にしまうと、ベッドにしがみつくように突っ伏した。昼まで眠る予定である。