ようやく午前三時だ。かなり眠い。昼寝を二時間ほどしたくらいでは、この時間に起きているのはしんどいものがある。失業前ならば明日の仕事のことを考え、この時間まで起きていること自体ちょっとしたチャレンジだったが、今は勝手気ままでいい身分である。

問題なのは、夜更かしをしたいわけでもなく、夜更かしがつらい歳になっているのにもかかわらずしなければならないところだが、繰り返していけば慣れるだろう。

『美味しんぼ』第九巻を読み終え、本棚に戻した。

本棚には漫画本や小説、辞典、参考書、人物伝、評論、哲学思想、宗教書など多種多様な本が、当時のまま収められている。これらが今後の夜更かしの友になるもので、頼りにしている。私は読むのに楽な漫画からまず取り掛かることとし、なつかしくてとても面白く『美味しんぼ』を読んでいたのだが、途中から睡魔との闘いとなった。

第十巻を取り出したが、とりあえず机に置き、ベッドに倒れて伸びをした。疲れた目をもむ。寝てはならない。テレビでも付けたいところだが、あいにくこの部屋にテレビはない。眠る予定の時刻まであとたっぷり二時間もあるというのに。スマホでユーチューブでも見るか。

私がずっと昔、この部屋で暮らしていた頃には、もちろんスマホもユーチューブもなく、テレビもなかった。ゲームも中学生で興味を失っていた。今からすればよくそれで過ごせたと思うけれど、当時はそれでもどうということはなかったのだ。読書、勉強、漫画、懊悩(おうのう)、ラジオ、エロ本、妄想、苦悶、哲学、そんなものでしのぐ深夜の過ごし方を知っていた。

この部屋は意思で過ごすものと認識した。我が家とは違う。目を開けていれば勝手に情報を送り込んでくれるテレビもなければ、こっちの都合などおかまいなしで飛び掛ってくる子供もいない。起きているとすれば、本を読むとか書き物をしてみるとか、考えごとをしてみるとか、意思に寄らずにはなにごとも始まらないのだ。

今はスマホがあるとはいえ、それに頼り過ぎることなく、かつては当り前にやっていたことを取り戻していかなければならない。

冷房を消し、掃き出し窓を開けた。快適な温度だと眠くなるので、暑くして不快にし、目を開けさせてやろうという目論みだ。網戸からなまぬるい熱気がむわむわと侵入してくる。空を見たがまだ星の世界だ。私の実家は平屋で、田舎の農家らしく家も敷地もオンボロながらとても広い。農家といっても野菜ではなく菊を作っている。兄が跡を継いでおり、兄は敷地内に別棟を建てて暮らし、父母とともに家業を営んでいる。

私の部屋は屋敷の西の北の角、玄関から一番どん詰まりに位置している。窓からは狭い裏庭が見え、そこに植えられている草木や鉢植えに長い歳月の間変化はあったのだろうが、私の記憶は曖昧だ。むしろいまだに鉢植えが連綿と続いていることが、驚きに値する。

陽のさほど当たらない裏庭に鉢植えを飾ることは、屋敷への気遣いであり、廃れを防ぐのだと、以前母親が言っていた気がする。暗い夜の中で植物たちは黒い影となり、その背後にフェンス付きのブロック塀が屏風のように立ちはだかっている。