第八章 竜也の死
結里亜の父、竜也はちょっとしたことでも『ありがとう』と言う。
竜也は五十代で軽い脳梗塞を患い入院した。忍の送り迎えをしながら結里亜も病院に面会に行った。
「いつも悪いな、ありがとう」と申し訳なさそうに竜也が言う。時には、「上の階のレストランで、ごはんでも食べてから帰ればいいよ」と小遣いを渡してくれることもあった。
左半身に麻痺が残り、今までできたことができないのでストレスになっていた。少し弱気になることもあったが、お手玉を使って指先の訓練やリハビリを一生懸命していた。
そんな竜也を見ていると、もう少し病院にいたいと思った。
そして、「夕食を先に食べてほしい」と澄子に電話をすると、「夕食はあなたが作って」と澄子。
こんな時でも食事の用意を強要されるのか。
十二月なので畑の仕事があるわけではない。家に向かう車の中で何度も引き返したい衝動に駆られた。家が見えると拒絶反応が起こった。三カ月入院し自宅に帰った。
それから四年後、竜也は肺炎のため還暦を迎えることなくこの世を去った。一九九五年、結里亜、三十歳の冬である。
第九章 念願のマイホーム
唯一、親孝行ができたと言えるならば、亡くなる一年前にマイホームに来てもらえたことだ。
池上家での生活に結里亜は限界を感じていた。気に入らないことがあると、貫一は殴りかかってきそうな勢いで怒る。澄子も目の前のお寿司を投げてきたこともある。
別々に暮らしたい。毎年、七夕の短冊に『早く家を建てられますように』と書いた。
家を建てるにあたってすんなり話が進んだわけではないが、嫁いで七年後、念願のマイホームを建てる日がやってきた。「ゆくゆくは面倒を見てほしいから、あまり大きい家は建てないで」と貫一と澄子に言われたが、自分たちの家を持つこと、少し距離を置けることは何よりうれしかった。
年に四回ほど帰省する玲奈は、自分の子どもと一緒に結里亜たちの家に泊まることもあった。
都会は夏休みが長いので一カ月近く来ていた。たまに貫一の家に行くとトラブルになるようだ。
「聞いて、かぼちゃがなかったから買ってきたのよ、そうしたらかぼちゃは畑で作っているだろう。どうして買ってきたとすごい剣幕で怒るのよ」と玲奈が言うので、
「畑にあるなんてわからないわよね」と結里亜。
「ほんとにそうだよね、もういろいろうるさいからさ、明日の切符を取ってあるけど今日帰ることにしたわ」と玲奈が言う。
そして、さっさと玲奈は帰っていった。