箱根の町に着き、ブラブラと駅前を観光した時だ。
「旧道に函嶺洞門があるのよね。」
「だから、この道を上がって行くと函嶺洞門あるよ。」
この会話を何度したら気が済むのか。
どうやら母にはパラレルワールドの別の道が思い浮かんでいるらしく、
「旧道に函嶺洞門があるのよね。」を繰り返す。
「新しい道が出来たけど、その横に函嶺洞門あるじゃん?」
お正月の駅伝でお馴染みの趣あるトンネル。
古くなって通れなくなったけど、駅伝の山登りコースで毎年観てるのに、
何度説明しても頭がハテナ? になるらしく、納得しない。
思えば昔から思い込みの激しいタイプだったからな……。
そんなことを考えながら振り返ると、母・美春の姿が10mくらい後方に。
―あーぁ。何してんの……?―
美春はどうしても確認したいらしく、人力車の男性に声を掛けている。
「函嶺洞門があるところの旧道って……」
「この道の先に函嶺洞門ありますよ?」
「ここの先は新しい道でしょ? そうじゃなくて、函嶺洞門のある旧道なんですけど……」
「函嶺洞門がある道はここしかありませんよ?」
美春も人力車の男性も会話が嚙み合わずハテナ? の顔をし合っている。
―あーぁ。なんでそんなにこだわるんだろ……。―
「すみませーん。何度も説明してるけどボケちゃって納得しなくて……」
美恵は小走りで駆け寄り、苦笑いで人力車の男性に詫びを入れた。
「おかしいなぁ……誰と通ったんだっけなぁ……」
まだまだ納得しない美春を「行くよ」と美恵は腕を引っ張った。