「これを使え」

防具を外していると、祖父から黒塗りの鞘に納められた模擬刀を手渡された。模擬刀は刃の部分を潰してあるので切ることはできないが、切っ先の鋭さは真剣と変わらない。

木刀も十分危険だが、模擬刀は全くの別物だ。手渡されたときに、カチャ、と音が鳴っただけで背筋が伸びる。小曽木さんの顔も引き締まった。この緊張感が精神面を鍛えてくれる。望むところだ。小太刀三本では打太刀が太刀を、仕太刀が小太刀を持つ。小曽木さんと呼吸を合わせて歩み出て、鯉口を切って太刀を抜く。

小曽木さんに小太刀を向けられた瞬間、一昨日と同じ吐き気に襲われた。トイレに駆け込む暇もなく、その場で吐いてしまった。嘔吐は一度で収まらず、自分が吐き出した汚物にまみれてのた打ち回った。

近くの病院で検査を受けたが特に異常は見当たらなかった。体調はすぐに回復したが、二回続けての嘔吐ということもあり、大事をとって休養した。

「みなさん、ご迷惑おかけしました。申し訳ありませんでした」

三日後、祖父に促されて道場で頭を下げた。誰もが心配してくれたし、何事もなく復帰できたことを喜んでくれた。みんなが温かく迎え入れてくれたことに心から感謝した。

正面に礼、先生に礼、お互いに礼。師範に続いて道場訓を唱和する。準備体操をして、素振りをして面を着けた。竹刀を持って立ち上がる。気持ちも新たに稽古に臨む。

切り返し。正面打ち三本。小手面三本。面、体当たり、引き面、面。基本の打ち込み練習をみっちりやる。息の続く限り打ち続ける「掛かり稽古」は乳酸で腕が上がらなくなってからが本番だ。気が遠くなり、体が勝手に動くようになればしめたもの。最後の最後に勝敗を分けるのはこなしてきた掛かり稽古の数だ。

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