破門 柘植虎次郎
「調子こいてんじゃねえぞ、こら」
三白眼に平手打ちされたはずみで眼鏡が飛んだ。俺は眼鏡を外すと途端に目付きが悪くなる。これまでも誤解されることは多かった。
「気に入らねえなあ」
革ジャンに往復ビンタされ、ケンカキックで押し倒された。スナックの勝手口にぶつけた背中の痛みで動けなくなり、呻き声を上げてうずくまった。
「ちっ、見かけ倒しかよ」
革ジャンに頭を踏まれ、左頬を地面に押し付けられた。
「肩が痛えんだよ。治療費をもらわねえとな」
三白眼に財布と腕時計を盗られた。
「何だこりゃ。こんなもんいらねえや」
電車で読むために持ってきた文庫本をガム男に踏みつけられた。
「行くぞ」
「じゃあな兄ちゃん。毎度どうも」
「腹減っちゃいましたよ。何か食いに行きましょうよ」
目の前に青いポリバケツと頭の取れたモップの柄が転がっていた。久しく眠っていた「虎」が唸り声を上げ始めた。痛む脇腹を庇いながら得物を手にして立ち上がる。
「待て」
「あ?」
「返せ」
「はあ?」
反抗的な態度を生意気と断じたチンピラ三人がのこのこと戻ってきた。ありがたい、追う手間が省けた。
「バカだねえ。大人しく寝てりゃあ、これ以上痛い思いをしなくてすむのによ」
「いいじゃねえか。少し殴り足りなかったところさ」
左手に提げている得物を背後に隠すように斜に構える。そうとは知らないガム男と三白眼が無防備に近づいてくる。お前ら、少し迂闊すぎやしないか。
「もう少し可愛がっ」
右切り上げの一撃でガム男の顎を砕き、返す刀で鎖骨を折る。不用心に間合いに入ったお前が悪い。しばらくそこでのた打ち回ってろ。うろたえる三白眼の横っ面を薙ぎ払い、大きく振りかぶって打ち据える。折れた頬骨と鎖骨の痛みは気を失って感じていないだろう。
次はお前だ、革ジャン野郎。お前らは必要以上に面子を重んじると聞く。顎を押さえて泣きわめくガム男と顔の輪郭が変わってきた三白眼を見捨てて逃げたとなれば、今後、この街での貴様の立場が危うくなるぞ。さあ、どうする。