壇上で居村総長が祝辞を述べ、博士号証書を一人一人に手渡した。梅澤の名前が呼ばれ、壇上に上った。居村総長から直々に学位証書を受け取った。まさに、研究の手ほどきから学位の取得まで、居村教授に面倒をみてもらったようなものである。その居村から、祝賀会に出席する返事を受け取った時、梅澤は思わず「やったー!」と大きな喜びの声を出した。

居村の来場に気づいて、上司や同僚も挨拶に集まってきた。今では皆、各地の大学教授や病院長になっているそうそうたる人達である。居村を囲んで、当時に戻ったように目を輝かせて話をしている。

ロビーに祝賀会開始のアナウンスが流れた。談笑していた参加者が次々に会場に入っていった。梅澤と妻は、司会者の紹介に続いて後方の扉から入場した。ステージ上に大きな蘭が飾られ梅澤夫婦の席が用意されていた。まるで結婚式の披露宴みたいに思えた。司会者が開会を宣言し、主催者の三村教授が挨拶の口火を切った。

「梅澤君、本日は北陵医科大学血液免疫内科教授ご就任、大変おめでとうございます。私が彼と一緒に仕事をしていて気づいた事は、梅澤君には素晴らしい特技というか特質が四つあります。

その一つ目は、顔の広さというか人脈です。留学中、NIH研究会という日本人の勉強会があったそうですが、彼は帰国後も、その事務局を担当して全国の研究者のお世話をしていました。その関係で、多くの研究者から慕われ共同研究や協力を得て、講座の研究の発展に大きく貢献してもらいました。

二つ目は、明るいことです。我々、リウマチ膠原病を専門にする医者は、まじめというかむしろ根暗な者が多いです。しかし、彼にはそのようなことは微塵もありません。患者さんにも、同僚にも、学生達からも慕われていました。そのおかげで、講座の雰囲気はいつも明るく、前向きな力が湧いていました。

三つ目は、小さなことを余り気にしない。どちらかというとほとんど気にしない。まるで笊のような人です。そのくせ、物事の大局を掴む能力に大変優れている。多くの事柄を正しく判断し決断することに長けています。この特質は、一つの講座を運営して行く上で、非常に重要なことです。最後に四つ目は、歌の上手さというか替え歌の上手さです。

留学中、JALが開催したカラオケ大会にNIHチームで出場して優勝したと聞いています。この中にもカラオケで彼の替え歌を聞いた人が多々おられると思いますが、研究の苦労というか悲哀を切々と歌う彼の名調子は絶品です。もう、それを聞けないのかと思うと、とても寂しい思いです。

きっと、金沢に行かれても、素晴らしい講座を作られて、これからはライバルとして切瑳琢磨していけたらと思っています。本日は、本当におめでとうございました」

梅澤は、神妙に話を聞いていた。日頃、無口な三村教授が多くの褒め言葉を並べて祝ってくれたことが嬉しかった。3年間という短い期間ではあったが、いつも温かい目で自分の成長を見守ってもらっていたことを改めて知った。

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