研修医
昭和57年4月
梅澤は、ベッドで寝ている患者の頭側に回った。挿管用のマッキントッシュ喉頭鏡を左手に、挿管チューブを右手に持って構えた。
「無理に押し込んでは、喉を痛める。L字型のマッキントッシュで、舌を側方に押し下げて、先端に付いた豆球の光で、気道入り口を確認しつつ、そこにチューブを挿入する。喉の後ろに沿わせて入れると食道に入ってしまうから注意をする」
一連の流れを頭の中で繰り返した。患者のマスクを外し、喉頭鏡を患者の口に挿入した。患者は、息の苦しさと喉に異物を入れられた苦しさで、喉頭鏡を取り除こうとする。麻酔科医が急いで患者の腕を押さえてくれた。
喉頭鏡を挿入したが、思うように気管の入り口が見えない。見えたと思うと苦しさで舌が動き、見えなくなってしまう。
梅澤は、気管入り口とおぼしき場所にチューブを挿入した。急いでアンビューバッグにつなぎ、空気を送り込んだ。聴診器を患者の胸に当てて音を聞いた。上手く入っていれば空気を送り込む音が聞こえる筈である。
肺に空気が送られる音はしなかった。
今度は、聴診器を胃の上に置いて同じことを繰り返した。ゴボゴボと空気が胃に送り込まれる音が聞こえた。チューブが食道に入っている。梅澤は、チューブを急いで引き抜いた。
「ごめんね。ごめんね」
梅澤は、苦しさで喘いでいる患者に心で謝った。自分自身も呼吸が出来なくて気を失いそうである。セミの鳴き声で鼓膜が破れそうに感じた。目の前がかすんできた。額の汗が目に入った痛みで我に返った。早く挿管して楽にしてあげなければ……梅澤は焦った。