秋倉高校から春休みの課題が出ることもなく、退屈を持て余した俺には趣味のクロスバイクで走り回ること以外することがなかった。見かねた母に勧められ、電車に乗って映画を観に行った。話題の洋画サスペンスはそれなりにおもしろかったが、二時間座っていると腰にきた。
外に出て背伸びをすると、見上げた空の雲行きが怪しくなっていた。稽古が始まる時間が気になった。駅まで近道しようと細い路地を抜け、いくつか角を曲がるうちに道に迷い、チンピラ三人組に絡まれた。
「いらっしゃぁい。本日三人目のお客さんだよ」
「なあ、兄ちゃん。懐が寂しくて困ってんだ。少し助けてくんないか」
薄ら笑いを浮かべた男がガムをクチャクチャと噛みながら近寄ってきた。この手の輩は無視するに限るが、知らん顔して通りすぎるには路地が狭すぎた。
「お金なんかありません」
「少しでいいんだよ。なんならその腕時計でもいいぜ」
冗談ではない。これは高校の合格祝いに祖母からもらった大切なものだ。走って引き返せばよかったが、時間が気になっていた。フェイント一つでガム男をかわし、先を急ごうとすると二人目が両手を広げて立ちはだかった。
「おいおい、こっちが大人しくお願いしているうちに出すもの出した方がいいんじゃねえか」
下から顔を寄せてきた腫れぼったいまぶたと三白眼が癇に障り、肩をぶつけて押し退けた。
「おう、ちょっと待てや!」
後ろから肩を掴んできた三白眼を振り払って前に進んだ。三人目の革ジャンを着た男は少し先で腕を組み、壁に寄りかかって動こうとしない。行けると踏んで足を速めた。
「ざっけんな!」
背中に三白眼の飛び蹴りを食らった。前のめりに倒れる体を支えるはずの足は、ひょいと出された革ジャンの足に引っかけられて行き場を失い、無様に転がって四つん這いになった。
「ぐあっ」
革ジャンに脇腹を蹴り上げられて息が詰まった。うずくまる背中を三白眼に蹴られ、ガム男に踏みつけられた。
「兄ちゃん舐めすぎ」
「粋がっちゃってよお。高くつくぜえ」
ガム男に襟首を掴まれて立たされ、三白眼に一発、二発と腹を殴られた。