かくして、娘の偽札行使事件は、未遂で幕を閉じたかと思われましたが、妻の証言により、その後、別の場所での偽札行使事件があった事実が発覚したのです。

娘は幼稚園の年長の冬休みに、ヌック水腫の手術で大学病院に入院することになったのです。母親のお腹の中にいるときに、腹膜が鞘状に飛び出したものが引っ込まずに残った状態になることがあるそうです。その突起に腸などが入るとヘルニアになるのですが、水が溜まると水腫になるのです。何れも小児によくある症状だそうで、外科的に切除する簡単な手術とのことでした。

さて、当時の我が家のブームは手塚治虫の『ブラック・ジャック』(秋田書店、1973年〜1983年)。

私が小学生時代に『週刊少年チャンピオン』に連載されていた漫画で、学校帰りに夢中で立ち読みしたものです。大人になってから文庫本サイズの全集が出て、我が家の本棚には全巻揃えてありました。それを、夢中で読む小学生の息子の横から、字が読めない幼稚園児の娘も一緒に覗いていたのです。

主人公のブラック・ジャックは無免許外科医。匙を投げられた患者も、天才的な外科手術の腕で救っていくヒューマンストーリー……ただし、要求する手術料が「5千万円」と半端じゃないのです。

手術が決まった時に、娘は子ども心に“大変だ!”と感じたのでしょう。兄に手伝ってもらって密かに偽札を作り……次の診察日に持参して、診察室で主治医に手渡したらしい……恐らく、5千万円ぐらい。

現場に居合わせた妻の証言によると、「さすが小児科の先生! 自然に娘の手から受け取ってくれたのよ!」とのことです。

 “大人がやっていることを見よう見まねでやってみる”

これは子どもの成長に欠かせない大切な冒険ではないでしょうか?  そこに、家の外側の人々が阿吽の呼吸で関わってくださる。  こうした第三者とのコミュニケーションを通して子どもは自信を持ち、成長していくと私は思うのです。