プロローグ
「冬の到来を知らせる、木枯らし一号が観測されました」
夕方のニュース、天気予報を見ている時のことだった。
友人から、電話が入る。どうしたんだろう、ずいぶん慌てている様子だ。
「大変じゃない! どういうことなの? 哲也君、大丈夫?」
「ん? 何のこと?」
私は意味がわからずに聞き返した。
「哲也君が今朝逮捕されたってネットのニュースに出てるから、もうびっくりしちゃって!」
『逮捕』という言葉を聞いて、身体に震えがきた。
震える指でパソコンの電源を入れた。ニュースサイトに哲也の住所と氏名、年齢があった。強制わいせつの疑いで逮捕と実名で報道されていたのだ。
1月に哲也が言っていたことを思い出した。
「教え子の保護者が、うちの娘に何をしたんだって学校に怒鳴り込んできたんだ。もちろん僕は何もしていないよ」
あの保護者が訴えたのだろうか。前任校の出来事で、しかも12か月も以前の事なのに。
それにしても、逃げも隠れもしないのに突然逮捕とは。テレビのニュースや夕刊でも、実名で報道された。容疑者と呼ばれ、もうすっかり犯人扱いだ。主人の母からも心配して電話があった。
学校からは一切連絡がなかった。今から思えば、それが学校は哲也の味方ではないという意味だったのだろう。自分の息子が逮捕されたのに友人から聞かなければ知らないままだったなんて、なんということだろう。
長男や主人と、弁護士さんを探さないと、と相談していたが、夜になって、女性の弁護士さんから電話が入った。教職員組合で以前お世話になった弁護士さんだった。哲也から依頼されたと言う。
哲也に接見した時の様子を教えてくれた。元気そうで、自宅での逮捕だったので着替えや最小限の必要な品は持ち出せたとのこと。
哲也は一貫して否認しているそうだ。当たり前だ、何もやっていないのだから。
食事は出されているそうだが、とても食べ物が喉を通るような状態ではないだろう。心配だが、家族との面会が許可されたら弁護士さんが連絡してくださるそうなので、それまで待つしかない。弁護士さんとは2日後の午後に弁護士事務所で会う約束をした。
取り調べ、否認……テレビドラマや小説の中でしか知らなかった言葉だ。その現場に哲也が加害者としているなんて、今でも信じられない。悪い夢を見ているようだ。夢だったらどんなにいいだろう。
どんな取り調べをうけているのか。何日も続いたら、息子が精神的にまいってしまう。何日間勾留されるのか心配だ。
厳しい取り調べでも真実を曲げないでほしい。信念を持って否認し続けてほしい。早く息子に会って「負けるんじゃない」と直接言いたい。
否認し続けているのに、マスコミでは実名で報道される。理解できないし、許せない。