さて、話はようやく豆腐屋さんに移ります。それは、初めて豆腐屋さんにおつかいを頼まれた日のことです。
私の前に差し出されたのは、買い物カゴではなくボウル! そう、台所用品のアルミボウルです。買い物カゴより更にカッコ悪いので、私は強く抵抗しました。(カツオが嫌がる様子をご想像ください)当時、豆腐は既に店先でパックに詰めて売られていたので、持って行く意味もわかりませんでした。
それでも、「いいから持って行きなさい!」と押し付けられ渋々家を出たのです。豆腐屋さんの店先で、「絹ごし1丁くださ~い」と叫ぶと、ご主人が顔を出し、私が持っているボウルに目を留め、「お、ボウル持ってきてくれたんだ! ありがとうな! さあ、貸してごらん!」とボウルを受け取ると、内側をサッと水ですすぎ、豆腐が入っている水槽に近づき、素手で豆腐を掴んでボウルの中へ……まるで名人の金魚すくいのような鮮やかさ!
どうしてあの柔らかい豆腐を掴めるのか? 見とれていると、「はい! こいつはおまけ!」とアンコールでもう1回、半丁ほどの大きさの豆腐を掴んでおまけに入れてくれたのです!
恐らく、切る時に崩れてしまったのでしょう……最後に、豆腐の上にはボウルを覆うように、白い紙を載せて渡してくれます。
帰途、私は“やった~!”と走り出したい気分でしたが、パックじゃないので落としたら大変! ボウルを大切に抱えながらジャリ道をゆっくりと……おまけでもらった半丁ほどの豆腐が、自分で初めて稼いだバイト代のように思えて嬉しかったものです。
以来、豆腐屋さんはパン屋さんと同様、好んでおつかいに行きました。そして、自ら、「ボウル!」と要求して……豆腐屋さんには、ご主人とメガネのおかみさんがいて、どちらも見事な豆腐すくいを見せてくれました。真冬でも躊躇なく突っ込まれる真っ赤な手……磯野カツオも、きっとあれを見ているに違いない!
※ ボウルを持って豆腐屋さんに買いに行っていた頃は、豆腐包装のプラスチックゴミは出なかったのです。もちろんレジ袋のプラスチックゴミも出ませんでした。