三 美味しい食の話
15 葛餅
葛の葉。それは、奈良、平安の昔から、よくよく歌に詠まれ、詩につくられてきた。
「秋風はすごく吹くとも葛の葉のうらみ顔には見えじとぞ思ふ」
……私に飽きたという夫と私の間で、冷たい秋風は凄まじく吹いています。それに靡いて裏側を見せる葛の葉のようには、恨む顔を遠く離れた夫には見せるまいと思っております……。
平安の歌人、和泉式部は自分の心の内を葛の葉に託し、歌に詠んだ。三十一文字の中に、表面は静かながらも荒れ狂う心の内が見事に描かれている。
葛は元来、日本人の中にしっかりと根を張り、何かを伝えようとするかのような植物だ。葛の根には薬効があり、古くから重宝がられてきた。
私はどちらかというと冷え性だ。よく風邪をひく。私は決して漢方薬屋さんの回し者ではないが「西洋の抗生物質よりも、漢方のほうがいいですよ」と助言を受けて、それもそうだと思い、抗生物質と漢方薬の両方を飲むようにしている。
その漢方薬の名は『葛根湯』。葛根湯も顆粒のものは飲みづらいので、熱湯を注いで程よい温度になってから飲む。
大陸から伝わったこの薬は、以前から、よく効くということでその名前が知られている。たしかに、飲むと体が温まる感じがする。
葛は、薬以外でも、和菓子屋や料理で重宝される『葛粉』のもととして馴染みが深い。葛の産地は、日本では北は宮城から南は福岡までと幅広い。とりわけ有名なのが『吉野葛』。
葛粉を使った料理で、いちばん身近にあるものは『葛餅』。葛餅は、夏を知らせる和菓子のひとつだ。中はこしあん。
小豆のこしあんも、小豆だけではなく、甘みにもこだわって和三盆を使ったものが美味しい。和三盆は、ほんのりとした柔らかな甘さだ。その味わいは、言うに言われぬ雅なものを感じさせる。
その年の、少し塩漬けされた桜の葉が、葛餅を包む。涼しげな緑の葉でくるまれた葛餅は、季節の到来を感じさせるものだ。
葛餅は程よく冷やしたものが美味しい。その甘味は、煎茶や抹茶にとてもよく合う。だがしかし、私は冷たい葛餅を、食事の後、飲み残した赤ワインといただくのが、絶妙な相性だと勝手に思い込んでいる。