淳美はフレンチレストランの前に戻っていた。バッグの中には先ほど買った出刃包丁が入っていた。春樹がレジでクレジットカードを出しているのが見える。
あかねが一人店から出てきた。淳美はバッグから包丁を取り出した。春樹があかねに追いつき、腕を組んで歩きだした。淳美はゆっくりと二人の前に立った。
春樹の顔に驚愕の表情が浮かんだ。あかねの顔が恐怖に歪んだ。淳美は包丁を両手で持ち、体重のすべてをかけて、あかねに体ごとぶつかった。
あかねの叫び声が青山通りに響いた。春樹が力まかせに淳美とあかねを左右に分けた。
「誰か、救急車を呼んでくれ」
春樹はまわりを囲んだ人たちに向かって叫ぶと、倒れたあかねを抱きかかえた。
あかねの薬指には今さっき春樹からもらったばかりのダイヤの婚約指輪が輝いていた。救急車とパトカーのサイレン音が近づいてくる。淳美は逃げもせずに、ただ呆然と立ちすくんでいた。
淳美があかねを刺殺した。光彦がその事件を知ったのは翌朝のテレビのニュースだった。人通りの多い大都会東京のど真ん中で起きた殺人事件は、トップニュースとして取り上げられていた。
頭の中に靄がかかったようで、何も考えられなかった。希代美の声で我に返った。いつの間にか寝室に入ってきたようだ。