この才気、伊達ではない

「……へ?」

呆けた声が、宙を舞うガルフから発せられる。直後、ドサリと地面に叩きつけられた。

全員が呆然としていた。投げ飛ばされたガルフも相棒のデルスも、果ては野次馬やリリアに至るまで、その場にいる全ての人間は何が起こったのか分からず立ち尽くす。

少年の体勢が変わっていること、ガルフが宙を舞っていたことから、少年が投げたらしいことは分かる。しかし、あの体格差で? 体術の心得があったとしても、あそこまでの高さまで放り投げるなど尋常ではない。何より、

(その動きが、まるで見えなかった……!)

リリアの肌に、興奮のためか鳥肌が立っていく。ざわめきが、野次馬の中に広がっていく。そんな中、ただ一人平静を保っていた少年がため息をつき、言う。

「道理を守っていないのはどっちだ。俺は無闇に暴力を振るったりしないし、お前達のように因縁を付けることもしない。偉そうなことを言うなら、まず自分の行いを正すんだな」

「ッ! テメエ!!」

あくまで静かなもの言いに、傭兵二人が激高する。大の字になっていたガルフがすぐさま立ち上がり、デルスも構えをとった。

「仕事を取ったことだけでも気に入らねえのに、そのスカした態度! もう許さねえぞ!!」

「殺しは御法度だから勘弁してやるが、ただじゃ済まさねえ。半殺し、いや、八割殺しで済ませてやるよ!」

言うやいなや、二人して少年に躍りかかる。だが、そこからの展開も驚くべきものだった。攻撃が、全く当たらない。軽やかな動きで二人を翻弄し、繰り出される拳や蹴りは、全て空を切った。

「くそ、何で……何で、当たらねえ!?」

「糞餓鬼が、さっさと倒れちまえよ!!」

焦りからか、そんなことを言う二人。対して少年は逆に平静さを保ったまま、「そろそろ分かっただろう」と言った。

「このまま続けても、お前達は俺に当てられない」

「……! 糞が、余裕ぶりやがって!!」

「そういうテメエは攻撃すらしてこねえじゃねえか! まあその細腕じゃ、(ろく)なパンチも打てねえだろうがよ!!」

二人が嘲笑する。少年はため息をついた。

「どうあっても退かないつもりか。……余り目立ちたくはなかったが……こんなことになった以上後の祭り、か」

後半は誰にも聞こえない声で言い、少年は二人に向き直る。しかしその瞳は静かな怒りを湛えていた。

「とはいえ、だ。ここまで道理を無視した行いをするなら、容赦してやる必要もない――」