「チーフ、店番入ります」

亜紀が着替えて店頭に出ると、玲はいつものように調理時の白帽と白衣のまま接客を終えたところだった。

「亜紀ちゃん、まだ、雨降ってる?」

「小降りだけど」

「そっか。店長が叔母さんを駅に送って行ったきり、なかなか戻ってこなくて。どこに引っ掛かっちゃったんだろうね」

「……見かけなかったですよ」

「もう30分も前の話。それとも雨で溶けちゃったのかね」

チーフは呆れた顔で、「いつかなんて、5丁目の図書館まで行っちゃって、高価な美術本に見とれていたなんて言うんだよ。確信犯だよね。メールでも入れてくれればいいのに。……ま、連絡が入り次第、すぐ帰れって言うけどね」と言って、亜紀を見る。

「君はパン屋のオーナーだぞって、亜紀ちゃんも意見してくれよ」

「とんでもございません。店長に意見なんて出来ません」

亜紀が真剣に言うと、チーフは冗談だよと言って笑いながら調理室に入って行った。

それにしても、叔母さんを送りに? 叔母さんってチーフのお母さんのことでは? 疑問が膨らむ。

雨は止んだようだ。店の外に若いママさんグループがやって来た。店内をきょろきょろ覗いている。そして、通り過ぎていく。本当に笑ってしまうほどあからさまだ。

残念でした。今日は閉店まで高倉亜紀が店番をしますよー。

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