この事件の対象となる男は、県内のほぼ中央に位置する商業、工業及び農村地帯を管轄する警察署管内の農村地帯にある比較的大きな屋敷内に古い居宅があった。
この男は五〇代後半で、夜間、農村地帯の民家を専門として戸締りのされていない箇所から侵入する忍び込み事件の常習者としては名高い、職業的窃盗常習者である。
のどかな地域で日常から犯罪への警戒感が薄いことから、昼夜を問わずに鍵を掛ける民家が少ないところに目を付け、犯行を繰り返す通称忍び師と言われる手口の窃盗常習犯であった。
忍び込みと空き巣狙いのそれぞれの犯人の言い分が面白い。忍び込み犯のほとんどの者が言った。
「家人が居ても就寝中で寝入っているから安心して犯行に及べるが、昼間の空き巣狙いはいつ家人が帰宅して見つかるか怖くてできない」
かたや、空き巣犯は相反することを言う。
「昼間家人が居ないことを確認して侵入するので犯行がやりやすい。また家人が帰宅しても物音ですぐ逃げられるが、忍び込み犯はそこに寝入っているのでいつ起きるか怖くてできない」
これもそれぞれの犯人の個性からの考え方、犯行の特癖からくるものと推察する。この男にあっては、忍び師を自称するぐらいであるから、寝静まるのを根気よく待ち、頃合いを見て犯行に至っていた。生来の盗癖から服役を終えると実家に戻り犯行を繰り返しては何度も捕まり、懲役刑に服していた。
大農家の息子に生まれ、豊富な田畑、土地があるにもかかわらず、一切働こうとはしない根っからの横着な性格から大泥棒となっていた。決して巧みな技巧派といえる窃盗犯でない。出所後しばらくすると農村地帯における戸締りのされていない箇所から侵入する連続忍び込み事件が発生し、これが同一手口であることから、必然的に捜査対象者として浮上することになる。
捜査員に自宅を張込まれ、秘匿尾行の上、犯行場所に侵入したところを現行犯人逮捕された。何度も捕まるうちに学習能力が働き、刑務所仲間との情報交換から、犯行に関するずる賢さが身に付いていた。
自宅から侵入用具を所携し、犯行地を物色中に職務質問を受け検挙されたことなどの反省が生かされたことで、捜査陣にとって手ごわい相手となっていた。このようなことから、検挙手法は絶対に告げてはいけないのだが、若い刑事ほど勝ち誇って、つい話してしまったことが、後に相手を利口にさせている。
この男は、余罪多数であったことから取調べと裏付捜査のための引きあたり捜査が長くなり、捜査員に協力し、馴染みになった頃合いを見ては、雑談の中で自分がどのようにして捕まったのかを聞き出していた。
このように悪の学習効果を上乗せし、常習窃盗犯としての脂が乗り切った時期であり、手強い動きを見せ、出所後三年近くになっていた。