一.M型小惑星

(一)非周期彗星アバドン

非周期彗星とは、軌道離心率が一以上、すなわち、双曲線軌道か放物線軌道を描いて太陽の周りを一度だけ飛来する彗星の事である。ただし、非周期彗星であっても、飛行近傍の恒星の影響で進路が変わることがあるから、星に衝突したり惑星にぶつかったり、または、進路がずれたために未来に戻ってくる長周期彗星に変化することもある。

非周期彗星として有名な彗星には、ユリウス・カエサル暗殺の二ケ月後、紀元前四十四年五月に出現したカエサル彗星とか、松永弾正自決十一日前の一五七七年十一月に出現した弾正星とか、一七二九年八月に出現したサラバ彗星とか、一八六一年五月に出現し非常に明るかったテバット彗星とか、たくさんの非周期彗星が知られている。それらの中でも明るさの絶対等級がマイナスという極めて明るい彗星は肉眼でも良く見えたため、何らかの不吉な予兆として歴史の事件と関連付けられている。

二〇四五年春、宇宙の遥か彼方から太陽系目指して飛来していた非周期彗星があった。この時にはまだ発見されていなかったが、後日アバドンと名付けられることになる彗星であった。アバドンは時速二百万キロで太陽目指して飛来していた。太陽から百七十五億二千万キロ彼方を飛来中だった。

十ケ月後の二〇四六年一月、アリゾナにあるグラハム山国際天文台、ハワイにあるケックやすばる等のマウナケア天文台群、チリにあるパラナル天文台群など、世界の巨大望遠鏡の観測で太陽系外縁の冥王星軌道内まで迫っていた非周期衛星が捉えられた。

もちろん、東大木曽観測所にあるトモエゴゼン望遠鏡のAIもこの彗星を捉えていた。データ把握後直ちに、アメリカ・ロシア・中国・日本・ドイツ・フランス・イギリスの七ケ国が共同管理している、火星と地球の間の宇宙空間に地球軌道に合わせて惑星軌道を回っている国際宇宙ステーションから精密な観測が始められた。

この彗星は、大きさが半径約五百メートルの氷と珪質の塊であると推定された。すさまじい速度で飛来しており、地球に近づくまで後四ケ月と見積もられた。その軌道は地球と交差することはなく、これまでの幾多の彗星と同じく、特に危険とは思われなかったが、地獄の王の一人の名をとって「アバドン」と名付けられた。アバドンはヘブライ語で滅ぼす者の意味がある。

しかし、アバドンの軌道は、火星と木星との間に広がっている小惑星帯と交差すると計算された。小惑星帯のいずれかの小惑星と衝突する確率が四十%あり、それによって消滅するのではないかと楽観的に考えられた。

万一、小惑星帯を抜け出たとしても、地球には被害がないと推定され、月と地球の間を抜けていく飛来経路が計算されていた。各国政府は、予想外のことが何もなければ安全だと発表した。このため、誰も深刻に考えなかった。

もちろん、予想外のことが起きたとしても、後四ケ月で出来ることはなかったからである。

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