──ああ、少し変えた。
と教えてくれる。友人は、僕の心の中を駆けめぐる想念の鼓動に合わせてくれているかのようだ。長い時間が経過して、僕はまたKUMAMOTOに戻ってきた。あの夢に苛さいなまれることが、つらくて、つらくて、僕は街を逃げ出してきた。牧草の中であの夢を見たとき、まだ、僕は何かに付きまとわれているのか、と残念な気持ちになった。そんな僕の気持ちを察した、この日の、友人の気遣いに僕は感謝した。そう、あの頃のことが急速によみがえってきたからだ。そして、
──風の女は、あのときの彼女を連想させる。
と、気づいた。風の女は、不思議で、いたずらな女だ。風の女が、現れては消えるたびに、僕の記憶は、過去を模索しようとする。模索しようとしても、何も思い出せないいらだたしさに、僕は夢の中で苛まれていたのかもしれない。そうだ、このBARで、”YOKOHAMA”を飲むことで、僕は僕の過去のあることを思い出すのだ。だから、このBARで遠く離れて過ごしていると、夢の中で過去が暴れ出すのかもしれない。
僕は、過去に何か大切なものを置き忘れてきたのか。何を忘れてきたんだろうか。あの女性のことは思い出した。風の女は、その女性を模して現れたのか。彼女はあのとき、たった一回きりの女性だ。それからは二度と会えなかったのは確かだ。でも、BARを閉じる日、彼女が来たと、かつて、友人はこのBARで教えてくれた。なのに、僕は「そう」としか言わなかった。今さら、捜し出すことなどできないからだ。会いたくても会えないとわかっていたからだ。
友人は、僕に彼女を捜せとは言わなかった。彼女のことを知っているとも言わなかった。彼女は、住所も、電話番号も何も教えずに、”YOKOHAMA”を飲むと出ていったと言っただけだった。ああ、また、過去のことだけを僕は考えている。
これまで、ギリギリのところで耐え続け、何かを信じ、夢が叶うと念じながら、僕は生きてきた。バブルに翻弄される人を尻目に僕は、仕事に取り組んできた。臨時ボーナスが出たとき、僕は複雑な気持ちだった。本業はうまくいっていなかった。会社に何度も、意見を具申し、新たな戦略の必要性を説いて回った。経営者は、
──改革? 革新? 今はね、投資だよ、君。不動産投資。昨日買ったあの土地な、今日は数倍で売れたよ。毎年あくせくと働き、こつこつと稼いでも手が届かないほどの利益を、土地を買って、売るだけで手にできたんだよ。そのおかげで、臨時ボーナスが出せたんだよ。
と言って、僕を小ばかにしたように見つめていた。だけど、僕は、運命というか、人生の岐路、分かれ道が、表裏一体で、ある日、どちらにでも転ぶことを知った。